格差社会を扱った評判の書、トマ・ピケティの「21世紀の資本」は大ヒットとなり世界中で読まれているのですが、経済ジャーナリストであった竹信さんから見ると「本当に読んで理解されているのか」が不安となるものでした。
もしかしたら、全体を読んでの感想ではなく一部だけを切り取ったような議論も出てくるのではないかという危機感から、この「21世紀の資本」の日本人に向けたガイドのような本を書くべきだということとなり、本書を執筆されたということです。
そのため、本書前半では格差拡大に至った経緯をピケティの議論のアウトラインから解説し、本書後半では現在の日本社会の格差がどうなっているか、ピケティの格差論を応用して解き明かそうというものになっています。
私も、この「21世紀の資本」は2年近く前に読んだのですが、途中で面倒くさくなり断念したという経緯があります。
そんな自分自身にとってもこの「解説本」は有用なのかもしれません。
フランスのパリ経済学校教授のトマ・ピケティの「21世紀の資本」はフランスでは2013年に出版されました。
貧富の格差は放置すれば拡大し続けるという主張は世界中に衝撃を与え、世界的にベストセラーとなりました。
そして、その論旨に賛同する者ばかりではないのはもちろんで、大きな批判の渦も引き起こしています。
ピケティは、貧富の格差拡大という問題をカール・マルクスとサイモン・クズネッツの主張検討から説き始めます。
マルクスが直感で説き起こし、クズネッツが数量分析で解析した長期間に渡る格差の動きを解析し、18世紀以降、21世紀の現在まで、第1次世界大戦と第2次世界大戦の前後のごく一時の例外的な時期を除き、格差は一貫して拡大しているとしたのがピケティの主張でした。
資本は投資され収益を上げるのですが、その収益率というものはほとんどの時期で労働者が得る労働所得を上回る伸びを示します。その状態が続くと資本の集積度がさらに上がっていくことになります。
そして、その資本の所有者というものが固定されていくために富裕層がさらに富裕になっていくことになります。
それが、2つの世界大戦の前後の時期に例外的に縮小されました。
これは、ヨーロッパで戦乱などのために富裕層の資産が崩壊したこと、戦費調達のために富裕層への累進課税が促進されたこと、大恐慌により資産を失った富裕層が多かったことなどによるのですが、ピケティはこのような戦争や大恐慌といったショックが無ければ格差というものは縮小しないという捉え方をしています。
そして、この時期の格差縮小という時代の雰囲気の中で育ってきた世代が現代の社会の中心となってきたために、それが普通のような感覚になっていますが、あくまでもそれは例外的な出来事であったということです。
このような格差拡大というものは放置しておけばさらに激しくなるばかりですが、それは民主主義という体制自体の危機にもつながります。
そのために、ピケティは解決策を用意しています。
グローバル化が広まる中、世界各国は富裕層が他国に流出していかないように、高い所得を得る富裕層に対しての所得税を1980年代以降大幅に引き下げてきました。
各国とも1970年代までは最高所得税率が70%以上というものだったのですが、それが今では30%以下まで下げられています。
この制度がさらに富裕層の高額報酬への欲望を増しています。
さらに、資産に対する「世界的資本税」というものの設立を目指します。
これは、住宅・不動産・金融資産などのすべての資産に対して累進税を課すというもので、しかも一国だけで行えば資産の海外流出を引き起こすので、「国境を越え全世界で実施する」というものです。
このような施策はできっこないと皆思っているでしょうが、これが格差縮小のためには最も良い方策なのです。
本書後半は「21世紀の資本」の記述を日本の現状に即して解説していこうというもので、具体化され日本人読者に理解されやすいようになっています。
賃金格差というものは、日本においても明らかに拡大しています。
所得税累進課税の緩和と国営企業の民営化で富裕層の収入は拡大しました。
そして、欧米と比べてもはるかに不合理な賃金格差は緩和どころかさらに激しくなっています。
このような格差社会の仕上げというべきものが「アベノミクス」でした。
アベノミクスでは「すべての女性が輝く」とか、「地方創生」といったことが経済成長のキーワードとして強調されています。
日本社会の格差として根深い問題である「男女格差」「中央・地方格差」が大きいということは認識されているということでしょう。
しかし、実際に為されていることはそれらの解消にはほど遠いものばかりです。
うまくいかない理由が分からない(分かっていても動かせない)ために、その責任を当事者に転嫁する「自己責任論」も強くなっています。
地方に中央からの投資呼び込みなどといっても、これまでの「途上国への投資呼び込み」と同様で投資された国は結局はその利益が海外投資家に吸い上げられるだけです。
同様に、日本国内でも中央からの投資がされてもその利益のほとんどは中央に吸い上げられ、地方にはわずかしか残らないようになっています。
労働規制については、アベノミクスでは労働者の利益どころか、さらに規制緩和の名のもとに労働者保護の改悪を迫っています。
「女性の活躍」なども、ほんの一部の高学歴、大手企業正社員の女性のために、低賃金の女性たちを家事・保育サービスに投入しようというものに過ぎず、「一部の高報酬女性を多数の低賃金女性が支える」女性活躍になっています。
「異次元の量的緩和」が実はアベノミクスの柱となる政策なのですが、これも公的債務の縮小となるインフレ政策にすぎず、この結果為替は円安となりごく一部の輸出メーカーは銀行は過去最高益などと言っていますが、輸入食品や燃料などの価格は上昇し、非正規労働者や年金生活者、中小企業労働者などは生活苦が拡大しています。
これも格差拡大につながっています。
格差拡大を批判し、それを是正しようとすると必ずそれに反対する論者がでてきます。
彼らの主張では、「格差批判は成功者への”ねたみ・そねみ”である」ということが言われることが多いようです。
しかし、格差というのは社会のひずみであることは確かです。
そのような「ねたみ論」に惑わされることなく、格差縮小の政策を準備することが必要です。
ピケティの本は大冊で寝ながら読むのも難しいものですが、本書は小さく薄い本です。しかし、内容はコンパクトながら分かりやすく重たいものでした。(その割に値段も高い)
原書を読んでもなかなかわかりにくかった人にはお薦めの本です。
しかし、原書をもう一度読まなきゃいけないかな。
今、検索してみたら「ピケティ入門」と題された本が多数出版されています。やはり皆分からなかったんでしょう。