爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「最後の講義」姜尚中著

政治学姜尚中さんは東京大学名誉教授ですが現在は熊本県立劇場館長となっています。

その熊本でおそらく人生最後の若者たちへの講義を行いました。

対象は学生に限らず高校生から大学院生、社会人まで。そして日本人だけでなく留学生も含みます。

そしてそこで話した内容が、副題ともなっていますが「いつの日か国境を踏みつぶしてほしい」という言葉に沿ったものです。

 

講義はまず「アジアについてどれくらい知っていますか」との問いかけから始まります。

ともすれば視線が内向きになりがちな現在でなぜアジアに、そして世界に目を向けなければならないのか。

そしてその場合でも「国」ではなく「人」に関心を持ってほしいと語ります。

 

次にパーソナルヒストリーとして、なぜ熊本で生まれたのか、そして肯定的なアイデンティティーが持てないまま成長し学者となっていった過程を語ります。

姜さんのご両親は朝鮮半島出身ですが、戦前に日本にやってきました。

軍需工場などで働いていたのですが、終戦が近くなり祖国に戻ろうとして最後に叔父にあたる人が住んでいた熊本に立ち寄ったのですが、それで終戦となりさらに朝鮮戦争が近くなって帰れなくなりそのまま熊本に住んだということです。

その後父祖の国韓国を訪れ、また西ドイツに留学をするなどしていろいろな国や人々に触れていったそうです。

西ドイツに暮らしそこから日本や朝鮮を見ることで、ようやく「向こう岸から自分たちを見る」すなわち相対化ということができるようになりました。

 

講義ですので、聴衆からの質疑応答というものもあります。

ここではマレーシアから留学している21歳の大学生「アイデンティティクライシスをどうやって乗り越えたのか」と18歳の高校生からの「なぜ戦争は怒るのでしょうか」という2つの質問を受けています。

 

講義後半は「国を通じて人を見ず、人を通じて国を見る」というテーマで日本、朝鮮、台湾の人物を紹介します。

その前に、20世紀以来「人権」というものが考えられるようになったにも関わらず、大戦では非常に多くの人々が死んでしまった。それはなぜかと語り始めます。

それは戦争が総力戦となったからでした。

人権が大切にされるようになったのに、このような戦争が続いていたのが20世紀以降でした。

しかし東アジアでは250年にわたってほとんど戦争の起きていなかった時代がありました。

日本でいえば江戸時代、日本は鎖国をしていたから外国との戦争が無かったと思いがちですが、朝鮮や中国でも同様でした。

その時代の重要人物が鄭成功、中国人の父と日本人の母の間に日本の平戸に生まれ、台湾をオランダから取り戻した人です。

そのため、中国でも台湾でもいまだに英雄とされ、日本でも近松門左衛門の国姓爺合戦という浄瑠璃で扱われるようになっています。

さらに江戸時代になって日本と朝鮮の関係を修復した雨森芳洲と申維翰を語ります。

当時はまだ戦争の影響で双方の不信感も強く、その中で国交を樹立していくには相当な苦労があったのですが、二人がお互いの誠意を信じる思いで朝鮮通信使が作られていきました。

 

これが終わって最後の質疑応答が行われます。

台湾から来ている28歳の社会人「EUのようにアジア連合ができないのはなぜか」、日本人の21歳大学生「外国人労働者を受け入れるために日本に求められるのは何か」などの質問が出され姜さんが答えます。

外国人労働者が多数やってきている現状は実は以前は地方からの出稼ぎ労働者が働いていた状況とそっくりです。

当時は出稼ぎ者の労働環境は現在の外国人と同様にひどいものでした。

工事現場では死亡災害も多数起きていました。

しかしその後地方が豊かになり出稼ぎに出なくなってしまった。

そのため労働者不足となって外国から受け入れるようになったというのが日本の都会の社会構造です。

大切なのは「労働力」として見るのではなく、「人」として扱うこと。日本人でも外国人でも同様です。

 

日本で生まれた日本人などという価値観に安易に寄りかかるだけの人々には到底想像もできないような姜さんの思考だと感じました。