爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「歴史探偵 忘れ残りの記」半藤一利著

半藤さんは昭和史を深く掘り下げた著作が多数ありますが、学校を卒業したあとには文芸春秋社に入社し雑誌の編集などを担当していました。

その縁もあり、1999年から20年ほどの間、同社が得意先などに配る小冊子にエッセーを書いていたそうです。

その文章はまだまとまった本としていなかったため、そのエッセーに他のところに書いた原稿などもまとめて本にしようという話が持ち上がったのが2020年、なんとか整理して2021年に本書が出版されました。

まだまだ掲載しきれない文章がたくさんあるので、第二弾、第三弾も出しましょうと言っていたすぐ後に半藤さんが亡くなったという訃報が入ったそうです。

これが最後の単行本かもしれません。

 

内容は他の半藤さんの著作のように、戦前の政府や軍部を厳しい批判的な目で見るというものではなく、子供の頃から学生時代、そして文芸春秋に就職した頃の話、そして知り合った作家たちの姿、等々の話題が次々と繰り出され、短いながらも味のある文章で描かれています。

 

原爆は広島と長崎に投下されましたが、京都や奈良に落とされなかったのはアメリカ人の美術史家のラングドン・ウォーナーがその歴史価値を主張したためだという「ウォーナー伝説」とも言うべきものが語られたことがありました。

しかし実際には5月11日にロスアラモスで開かれた投下目標検討委員会の会議では広島、横浜、小倉、新潟と共に京都もその目標候補に入れられていました。

それが7月25日の原爆投下命令書には広島、小倉、新潟、長崎と4都市が書かれていました。

そこにウォーナーの力があったのか。

そんな民間人が入る余地はアメリカでもあるはずもありません。

実は京都を外すよう大統領を説得したのは時の陸軍長官ヘンリー・スチムソンであり、アメリカの威信を守るためにも歴史的汚名を残すような京都・奈良は外すべきとしたそうです。

 

NHKドラマにもなった「坂の上の雲」ですが、その中で俳優たちがロシアの軍港ウラジオストックを「ウラジオ・ストック」と真ん中で区切って言っていました。

日本ではこの地名に漢字で「浦塩斯得」と当て字をしていました。

これならばそういう区切りになるのも仕方ないかもしれません。

しかしロシア語では正しくは「ウラジ・オストック」と区切ります。

これで「東方支配」という意味になります。

オストックは最初のソ連の有人宇宙船のヴォストークと同じ言葉であり、ウラジが「支配」という意味ですので、そこで区切るのが正しいということです。

 

半藤さんも子供の頃から正座が苦手でした。

それでもあぐらをかいていると大人たちから叱られました。

そこであぐらと正座について調べてみたそうです。

するといわゆる正座というものができたのは茶道が盛んになってから。

それ以前は日本人が床に座る方法はあぐらだったそうです。

狭い茶室に大勢で座るにはあぐらでは場所を取り過ぎてまずかったのではということです。

平安時代の絵巻物を見てもお姫様は皆あぐらや立膝で座っているようです。

また低い腰かけも利用されていたようで、膝を折り曲げる正座のような座り方は無かったということです。

 

半藤さんは大学を出て昭和28年に銀座のみゆき通りの横にあった文芸春秋社に入社したのですが、その頃の銀座の様子が連載されていました。

今からは想像もしずらいような街の姿です。

面白いのが、そこではたいてい12時ごろの出社で良かったのですが、たまに早い時間に出てくると街を歩く人たちが違うということでした。

職業も服装も時間によって違ってくるそうです。

 

なかなか面白い話が満載でした。