現代でもそうですが、中世から近世にかけての時代には職業特有の服装などがありました。
それには理由があることが多いのですが、今では忘れられていることもあります。
この本の著者の内村さんは西洋服飾史が専門ということです。
多くの絵画に様々な職業の人々が描かれているのですが、それらの描写は当時の実情をそのまま投影されているものが多く、細かく見ていくことでその職業特有のコスチュームというものが見えてくるようです。
なお、本書の体裁はひとつの職業について一つの絵画を選び、それについて4ページで解説と絵画の図版を示しています。
そして絵画の中でも特に強調したい部分を拡大して見せることでその職業についての特徴も分かるようになっています。
対象となる時代はだいたい16世紀くらいから19世紀まで、フランスが多いのですがイギリスの例も入っています。
職業といっても「国王」とか「枢機卿」から、「農民」「花売り娘」「娼婦」まで、上から下まで多くの人々を描いた絵を取り上げています。
「国王」で取り上げられているのは、フランス国王ルイ14世、太陽王と言われた人です。
イアサント・サゴーの「ルイ14世の肖像」という有名な絵が載せられています。
著者がここで特に注目してもらいたいと拡大表示したのが、「マントの裏地」
国王のマントの裏地にはアーミン(おこじょ)の冬毛の毛皮が多数使われていました。
アーミンの冬毛はまばゆいほどの真っ白なのですが、尻尾の先にわずかに黒毛があり、それが毛皮にしたときに一匹分につき一か所の黒い斑点に見えます。
そこまでこの肖像画は忠実に描いています。
「御者」にはイギリス19世紀末の貴族に仕えていた御者の姿を描いた、ジェームズ・ティソの絵が選ばれています。
公式の訪問にはその家のお仕着せを御者も着用するのですが、これは私的な外出のため通常の御者としての服装をしています。
雨でも屋根もないため、コートは体全体を覆うようなしっかりしたものです。
この御者の服装で今にも残るのがネクタイの締め方で、「Four in Hand」という結び方です。
このころはネクタイの締め方にも多くの種類があったのですが、御者は強い風を受けるためにしっかりとした締め方のこの方法を取ることが多かったのでした。
そして、現在まで残るのがこの方式だったそうです。
「枢機卿」ではヴァン・ダイクの描いたグイド・ベンティヴォーリオ枢機卿の肖像画です。
枢機卿の服装は、1245年の第1回リヨン公会議で教皇イノケンティウス4世が定めたと言われる、緋色の衣装と同じく緋色の帽子というものです。
これは緋色といってもフランス語でpourpreといわれる、「幻の紫」「皇帝紫」と呼ばれる染料で染められるものでした。
地中海でとれるアクキガイという貝の体内から抽出されるもので、非常に貴重な染料で金の10倍以上という価格で取引されていたというものです。
パープルなので紫と考えられますが、実際の色は深紅に近く、それで緋色と言われています。
職業によるコスチュームの多彩さというのも驚きなのですが、それ以上に絵画にそこまで忠実に、詳細に描かれているということも大変なことでしょう。
一つもいい加減に描くことがなかったということです。