爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「モナ・リザはなぜルーヴルにあるのか」佐藤幸三著

題名はこうなっていますが、モナ・リザに焦点を当てて調べたという内容ではなく、ダ・ヴィンチの生涯の足跡をイタリア各地に訪ねてみようという趣旨で書かれており、ダ・ヴィンチファンの人に取っては絶好のガイドブックとなるでしょう。

著者の佐藤さんは本業は写真家ということですので、掲載されている写真も非常に優れたもので風景も作品もきれいなものでした。

 

本書の最初にはダ・ヴィンチの生涯についてざっと流れをつかめるように解説がされています。

1452年、フィレンツェの西約27kmにある、ヴィンチ村で生まれたレオナルドは、14歳でフィレンツェのヴェロッキオの工房に出て修行を始めます。

これが「第1フィレンツェ時代」

その後ミラノに移り「岩窟の聖母」と「最後の晩餐」で名声を確立した「第1ミラノ時代」

フランス軍の侵攻でミラノを逃れ、マントヴァ、そしてヴェネツィアに移ります。

そこでは軍事顧問として働くことになります。

1500年、48歳のレオナルドは再びフィレンツェへ。そこでチェザーレ・ボルジアに仕えます。(第2フィレンツェ時代)

1506年、フランス王ルイ12世に招かれミラノへ。(第2ミラノ時代)

しかしフランス軍撤退とともにフィレンツェに戻り、その後教皇にヴァチカンに呼ばれるもののほとんど仕事は与えられず、失意の日々を送ります。

1516年、フランスのフランソワ1世に招かれアンボワーズに移りそこで没します。

 

「イタリアにダ・ヴィンチを訪ねる旅」と題された後半では、実際にイタリアに旅行したかのような気分を味わえます。

各地の現在の地図も掲載され、その中でダ・ヴィンチの足跡や作品が見られる場所も示されています。

なお、ダ・ヴィンチの能力は絵画だけではないのは当然ですが、音楽の実力も優れており、ミラノのイルモーロ、ルドヴィーゴの最盛期に開いた音楽会でのダ・ヴィンチの歌と楽器リラの演奏は他の音楽家よりはるかに優れていたそうです。

 

なお、フィレンツェ時代、ミラノ時代といったそれぞれの時代に描かれた絵画がそのままフィレンツェやミラノにあるとは限らず、例えばミラノ時代に描かれた「岩窟の聖母」はパリルーブル美術館に、「チッチリア・ガッレラーニの肖像」はクラクフ・チャルトリスキ美術館に現存ですが、ミラノの項の載せられているのは仕方ないでしょう。

 

モナ・リザ」はパリ・ルーブル美術館にあるのは誰でも知っていますが、これも「フィレンツェ」の項に記されています。

このモデルが誰なのかといったことから、細部に至るまであれこれと書かれています。

モナ・リザ製作中のダ・ヴィンチを、ラファエッロが訪ねたそうですが、そのときにその絵をラファエッロがスケッチしたものが残っているそうです。

これもルーブル所蔵。

ただし、背景は現在のモナ・リザとは異なり別の風景が描かれているそうです。

 

ダ・ヴィンチが好きな人にはたまらないものでしょう。