爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「食べるとはどういうこといか」佐藤洋一郎著

本書は「食べる」ということについてありとあらゆる方向から見ていこうという、非常に欲張った内容となっていますが、これは著者の佐藤さんの「食文化をトータルに考える学問は無い」という思いからできているものです。

学問の分野というものはどんどんと細分化され深化していきましたが、食文化というような食に関するものをトータルで見ていかなければならないものにとってはそのような学問の在り方というものはプラスにはなりません。

その結果、食文化の中から栄養学、調理学、家政学、農学、生態学、さらに工業的な食品生産を考える経営学などはそれぞれだけの中で専門化してしまい、食文化というもの全体を考えることが難しくなってきました。

いまだにスペシャリストの養成などということが言われますが、実際には多くの分野を広く考えることができるジェネラリストの方が求められているということです。

 

ということで、植物遺伝学が専門だった佐藤さんですが、その他の分野にも広く知見を広げた成果をここにまとめてみたということです。

一般向けの講演や、子どもたち向けの指導授業の経験もあるということで、分りやすさというものを十分に考慮した内容となっています。

 

食べ物を食べるということを考えていくには、そもそも食べるということは何なのか、食べるものにはどういうものがあるのか、実際に食べるまでにはどのようになっているかといったことを順序だてて考えていく必要があります。

そのため、本書も「食べるもの」「食べ物が口に入るまで」「人体内で」「しまいかたを考える」という大きな枠組みの中で、「食材を手に入れる」「粒と粉」「作る人、食べる人」「大量生産の功罪」「栄養と健康」といった章に分けて記述されています。

類書と変わった点といえば、「排泄物のゆくえ」を章立てし、排泄と物質循環というものを分からせようとしたところでしょうか。

子どもに話す時にも「うんこ」の話を持ち出して子どもの気持ちを引き付け、その後植物栄養や物質循環を想像させるという手法で理解させようとしました。

食文化の話でこういう方向を扱うというのは意外に思う人もいるかもしれませんが、理にかなった方向でしょう。

 

地球全体の食物供給に陰りが見えるようになり、肉食の是非ということもその方向で語られることがあります。

多くの畜産業ではトウモロコシやダイズなどの穀類を餌として動物に与えることが普通となっていますが、その食肉の量の10倍以上の穀物を餌にしなければならないとして、肉食自体を批判する人もいます。

しかし忘れてはならないのは、同じような肉食といってもまだ少なからず残っている遊牧民の人たちの動物の育て方は全く異なるということです。

彼らは動物には草原で草を食べさせるのみで穀物などは全く与えていません。

これを考慮しない肉食批判は一方的とも言えるかもしれません。

 

最近の日本人は料理をしなくなったと言えるようです。

昔のように同居親族が多くその中で料理担当の人が決まっているという家族形態が減り、単身生活ではほとんどが外食か中食という人も多数でしょう。

栄養的にも問題ですが、それ以上に食文化というものを考える上ではこれは大きな課題です。

家庭で家族と共に食事をするという場合でも、今は多くの高機能の料理家電製品を使う場合が増えています。

しかし、それがかえって人を料理嫌いにしているのではないか。

単にボタンを押すだけでは料理の楽しみは感じられません。

人間は家電製品のお手伝いをしているだけの存在になってしまったのかも。

そしてそれは料理自体に対する興味を失わせることになるかもしれない。

この話を著者は家電メーカーの技術者たちを交えた講演会で話したそうですが、彼らもその危惧を理解したそうです。

 

私も「食」については色々と興味を持っていますが、ここまで広く食文化に関して全体を見るということは中々できません。

ただし、「食文化学」というものは大きく広がるということは難しいのではないかと感じます。