爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「世界の発酵食をフィールドワークする」横山智編著

発酵食品といえば日本が非常に盛んだというイメージがあるかもしれませんが、実際には世界の各地で作られ食べられています。

しかしその研究はさほど行われはおらず、あまり知られていないものも多いようです。

特にこういった発酵食品については現地でどのように作られ、食べられているかを実際に研究者が赴き調査するフィールドワークと、実験室でその食品から採取された微生物などを用いて行われる実験研究とが共に協力して行われなければならないのですが、これまではその動きが鈍かったようです。

 

2019年になり、フィールドワーク研究者と醗酵微生物を研究する研究者が集まり、「発酵食品の自然と文化研究会」という研究会を立ち上げ、その協力が動き出しました。

この本はその研究会に参加する研究者たちによって書かれています。

なお、編著者の横山さんの著書は以前に読みましたが、東南アジアにおける納豆に類する食品を現地調査したものでした。

sohujojo.hatenablog.com

 

味噌や醤油、納豆や日本酒など、発酵食品は日本が本場のようなイメージがあるのかもしれませんが、実際にはパンやヨーグルト、酒類など世界の多くの地域で発酵食品は作られ食生活を支えています。

そしてそれほど知られてはいなくても食生活のほとんどを発酵食品でまかなっているという地域も存在します。

 

本書では、1主食としての発酵食として、エチオピアのパン、ネパールやエチオピアの酒、2副食としての発酵食、牧畜民の発酵食、東南アジアの魚の発酵食、3,調味料としての発酵食として、タイやラオスの魚醤や納豆、4,嗜好品としての発酵食として茶、馬乳酒、と言った題材について解説されています。

 

エチオピアが発酵食品の宝庫であるということはほとんど知られていないことかもしれません。

パンはコムギやトウモロコシ、モロコシ、テフといった穀物で作るのですが、どれも醗酵工程を経てから焼かれるもので、非常に酸っぱいという特徴があります。

どれも乳酸発酵を十分にさせるものであり、人々がこの酸味を特に好むからです。

パンだけでなく、アルコール飲料や非アルコール飲料でも乳酸発酵を経たものが好まれ、それもが酸っぱいものとなっています。

乳製品も当然ながら乳酸発酵をしておりバターも特有の香りでそれを女性たちは髪や肌に塗ります。

 

牧畜というものは約1万年前に始まったようです。

紀元前8000年紀には西アジアで搾乳が開始されていたという考古学的な調査が報告されています。

牧畜といえば肉食と言うイメージがあるかもしれませんが、実際には屠殺して肉を食べるというのは最後の段階だけであり、それまでの間は乳を利用していました。

最初はヒツジ・ヤギの乳を利用していたのでしょうが、これらの動物は1年を通じて搾乳できないという問題があります。

ヒツジの出産は11月頃から始まり2月が最盛期、わずかですが5月まで続きます。

搾乳も1月頃から始まり8月上旬まで続けられますが、その他の時期はできません。

搾乳できない時期も食糧として使いたいということで乳加工技術が生まれました。

バターオイルやクリーム、チーズとして加工され保存されました。

ヨーロッパなど北方ではクリームやバターオイル、西アジアやアフリカの南方ではチーズ加工が主となりました。

また乳をそのまま飲むという習慣はどの地域でも発達せず、ほぼすべてで乳酸菌による発酵乳が飲まれました。

乳そのままではすぐ腐敗しますが、発酵乳とすると常温でも1週間程度は保存可能となるためです。

さらに中央アジアでは酸乳からアルコール飲料にまで発酵させるようになります。

 

調味料というものは世界のどの民族でも重要なものです。

すでに1998年に吉田により世界を大きく8つの地域に分けて論ぜられています。

「トウガラシ・トマト圏」のアメリカ、「ココナッツミルク圏」の太平洋から東南アジア島嶼部、「マサーラ(カレー)圏」のインド、「タ―ビル(アラビア語で香辛料)圏」のアラブ地域、「ハーブ・スパイス圏」のヨーロッパ、「油科植物・発酵調味料圏」のサハラ以南アフリカ、「魚醤圏」の東南アジア、そして日本を含む東アジアは「豆醤圏」です。

特に魚醤と豆醤はうま味という点で共通しますので、併せて「うま味文化圏」とも呼びます。

 

味の素などのグルタミン酸ナトリウムの調味料は現在では日本よりも東南アジアなどの魚醤圏で多く消費されています。

そのうま味というものに対する姿勢が昔からの魚醤調味料と共通していたのでしょう。

 

そのうま味文化圏でも東南アジアの魚醤圏と中国以東の東アジアの豆醤(穀醤)圏とははっきりと分かれています。

しかし、その境界のタイやビルマの山岳地帯にも「アジア納豆地帯」が広がっています。

ただし、その地域では納豆は日本のように食物として食べるのではなく、調味料として使われています。

これはそもそも中国でも納豆様の食品が作られていたのですが、それらは調味料として使われるようなものが多かったようです。

しかし日本では何らかの条件であのようなねばねばの食品となり、そのまま食べるようになったのでしょう。

そのためか、日本では納豆の利用法もほぼご飯のおかずに限られることとなり、調味料として多様な使われ方をするアジア納豆とは距離ができてしまいまいした。

その製法も日本では稲わら由来の枯草菌(納豆菌)ですが、アジアでは木の葉からの菌を使っています。

ただし、アジアでも製法が徐々に変化しており、その様子も変わっていくのかもしれません。

 

詳しく紹介はしませんでしたが、わずかなアルコールを含む発酵酒だけを主食とする民族もあるようです。

それが一番安全であり栄養も含む食品だということですが、色々な自然条件の中で培われてきた食習慣というものなのでしょう。

まだまだ調査研究の必要なものなのですが、都市化が徐々に広がり伝統的な発酵食というものが忘れられていく危険性もありそうです。

実際に、年寄りは食べるけれど若い人たちは食べなくなったというものが多いそうです。