「ベーシック・インカム」というものは最近話題になることもありますが、ちょっとまだまともに考えるのは早いかという感覚でした。
しかしこれを深く研究してこられた原田さんの説明を読むと、意外に実現性のあるものかもしれず、何より公平性と行政負担の軽減には非常に役立つという点で優れた政策と言えるようです。
ベーシック・インカムとは、国民全員に一定額の年金を支給するというものです。
その費用は多額であり、そのような制度などとんでもないというのが一般的な感覚でしょうが、実はその利点は非常に多いようです。
生活困窮者の支援ということでは、生活保護という制度があります。
その支給額がかなり高額だということは知られており、最低賃金によって得られるものよりかえって高額となるということが批判されてもいます。
しかしあまり認識されていないのが、そういった高額の生活保護を受けている人というのが非常に少ないという実態です。
実際には困窮の程度もひどい人たちが、生活保護の申請すらできない、また申請しても何らかの理由をつけて拒絶されるという実態が報告され、その結果死亡するという人すら出ている状況です。
つまり、現在の生活保護制度は額面だけは高いように見えてもほとんど機能していないということです。
そして、行政側としては生活保護の申請の拒絶に大きな努力をしているのが実際かもしれません。
さらに、生活保護を受けている人は事実上働くことができません。
それで収入を得ると保護支給が打ち切られます。
日本のほとんどの生活困窮者は実際には労働しています。
それでも非常に少ない賃金しか得られないために貧乏となっているワーキングプア―が大多数を占めます。
このような貧困の状況を劇的に改善できるのがベーシック・インカムという制度なのです。
これは例えば20歳以上の国民全員に月7万円、それ以下の子どもに月3万円を支給するという制度です。
この金額は様々な問題を含んでおり、あまり高ければ財源が難しくさらに勤労意欲を失うという批判を受け、また低ければそれだけでは食べられないということになります。
この規模のベーシック・インカムを実施するには現状の人口で96兆円必要となります。
そのような金はどこにもないという批判が一番多いのですが、実はこれで節約できる財政支出がたくさんあります。
生活保護費が不要になるのはもちろん、現行の老齢基礎年金16兆円、子供手当1.8兆円、雇用保険1.5兆円、などは不要になるので合計19.9兆円。
さらに政府支出のうち景気浮揚や業界補助などとして支出されているものも実は必要なくなります。
公共事業費、中小企業対策費、農林水産補助金などは必要が無くなります。
こういった代替財源を考えれば、ベーシックインカムは財政的に可能だということになります。
なお、これを支給すると労働意欲が無くなるという批判も多いのですが、一人当たり月7万円で満足する人などほとんどいないでしょう。
誰もがそれ以上稼ぐために働くのは当然です。
そしてその収入の中から所得税を必ず収めることとします。
それを3割とすると、国民すべての収入は「自分の所得×0.7+BIの84万円」となるわけです。
なお、所得税は一律30%としていますが、これは累進課税であっても構いません。
ベーシック・インカムという理論提出以来、多くの批判が出ていますが、この本ではそれらの批判に対して丁寧に反論しています。
それだけ見ていても、この制度の実現は可能だという気にさせられます。
たとえば、「なぜ裕福な人にも支給するのか」といった批判は根強いのですが、これも行政負担を軽減するという意味だとすれば納得できるようです。
つまり、現状の税制では高額所得者であっても必ずある「控除」と同じものだと考えれば納得できるものです。
ただし、現状でも大きな問題となっている医療費についてはやはり問題であり続けるようです。
また、これを実施するとなると「移民」は厳しく制限する必要があります。
現在の日本であればこれまで通りで良いのですが、これからもそう行くかどうか。
このようなベーシック・インカムは究極のバラマキ政策だと批判されます。
しかし、著者は「バラマキの何が悪いのか」と問い直します。
バラマキではなかった「農業政策」「林業政策」は何を残したのか。
一部の受給者のみを潤しほとんど効果も無かったのではないか。
戦後日本の社会体制と政治を厳しく問い直したものだと言えるでしょう。
しかし、当分の間実施はできないだろうな。