爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「胃の病気とピロリ菌」浅香正博著

それまでは強酸性の環境で微生物などはいるはずもないと考えられていた胃の内部に「ピロリ菌」という微生物が住んでいることが分かったのは、ごく最近とも言える1982年のことでした。

しかし、そのピロリ菌について研究が進んでいくと、これまでの胃の病気についての概念が大きく変わってしまいました。

胃炎、胃潰瘍から胃がんまで、胃の病気の多くにピロリ菌が関わっていることが分かってきたのです。

 

著者の浅香さんは消化器病を長く専門として研究し、ピロリ菌が発見された当時から注目してこられ、日本ヘリコバクター学会の理事長、日本がん予防学会の会長なども務められたという、この話題を語るには最適の方と思われます。

 

ガンの発生状況は各国により大きく差があり、日本では欧米と比べて胃がんが多いという特色があります。

実は、かつてはアメリカでも胃がんの発生率が高い時期がありました。

ところが、電気冷蔵庫の普及とともに劇的に発生率が下がったということが明らかになっています。

これは生鮮食品の保存性の改善により、高塩分食品や燻製などの胃がん発生を高める要因の食品を食べる機会が減ったためでした。

しかし、同様に電気冷蔵庫が普及しても日本を始め東アジア諸国ではそれほど胃がん発生率が下がりませんでした。

そして、今では日本は世界的に見ても特徴的に胃がん発生が多い国となっています。

 

これには、冷蔵庫ができても漬物などの高塩分の食品を好むためではとも言われていましたが、これもピロリ菌が発見されその性状が詳しく研究されていくにつれ解明されてきました。

 

ピロリ菌の感染率は国によって大きく差があり、水道環境や食品衛生状況の悪い開発途上国では高く、先進国では低い傾向があります。

しかし、日本ではこの感染率も他の先進国と比べて非常に高いという特徴があります。

これは、第二次大戦敗戦後のしばらくの間は衛生状態も悪かったためと考えられ、実際に年代別の感染率を見ると終戦直後に産まれた団塊の世代より上の世代で非常に高く、若い人たちは欧米並みに低いことが分かります。

そして、ピロリ菌は一度取り付いてしまうと自然に排除されることがほとんど無いため、幼時に感染すると何もしなければそれが一生続いてしまうことになります。

 

そして、このピロリ菌が感染しているかどうかが、胃の病気全般、胃炎から胃潰瘍、そして胃がんまでを発生させる大きな要因となっているのです。

 

なお、ピロリ菌にも系統ごとに毒性の違いがあり、欧米で見られるものは弱毒型であるのに東アジアでは強毒型が多いようです。

沖縄県では胃がんの死亡率が低く最も高い秋田県の半分程度なのですが、沖縄で見られるピロリ菌は欧米に近い弱毒型であることが分かっています。

 

我が国の胃がん発生が非常に多いということを説明するのに、食塩濃度の高い食品が好まれるためということが言われてきました。

しかし、どうやら色々な観察や動物実験などでもそういった傾向は見られません。

これもピロリ菌を使った実験ではっきりしました。

ピロリ菌が感染していない場合はいくら高塩分食品を食べても胃がんになることは少ないのですが、ピロリ菌が感染している場合は食塩を与えることでガン発生を促進するのです。

つまり、高塩分食品は主因ではなかったということです。

 

スタンフォード大学のパーソネット教授が来日し北海道大学で講演をしたのが1996年だったのですが、著者はそこで興味深いことを聴きました。

教授は「感染症に基づくガンは予防が可能であり、その比率の高い日本では多くのガンが予防できる」と語りました。

当時の数字でも、アメリカやフランスでは感染症によるガンの比率は5%以下であるのに対し、ザンビアでは70%、日本や中国では40%あるので、感染症対策でガン発生が抑えられるということです。

実は日本の医学界では当時はそのような認識が低く、著者もそれが信じられなかったそうです。

B型、C型の肝炎ウイルス感染による肝臓がんはまだ知られていたものの、パピローマウイルスによる子宮頸がん、そしてピロリ菌による胃がんはまだあまり認識されていませんでした。

教授は「日本は世界で唯一ガン予防が可能な国である」とも語りました。

 

しかし、この講演からでも20年以上経っていますが日本はなかなか動けません。

ピロリ菌除去もまだそれほど実施されず、パピローマウイルスの予防ワクチンも使われない状態です。

比較的簡単な方法であるにも関わらず、実施されないままガン発生が下がらないというのはもったいない話でしょう。

 

ピロリ菌と胃の病気の話、もっと多くの人に知ってもらいたいものです。