爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「朽ちるインフラ 忍び寄るもうひとつの危機」根本祐二著

著者の根本さんは東洋大学PPP研究センター長という方です。PPPとはPublic Private Partnership ということで、公民連携だそうです。

本書は2011年のちょうど東日本大震災直後の出版ということで、社会資本についての問題が大きく認識される時期ではありましたが、それ以前にすでに多くの公共インフラが老朽化してきており更新ということを計算に入れなければならないと言うことを強調して書かれているものです。

1980年代のアメリカでは道路や橋、建物が突然崩壊すると言う事故が多発し、ちょうど産業が立ち遅れていた時期とも重なり荒廃するアメリカと言うイメージが出来上がってしまいました。しかし、経済状態とインフラの崩壊と言うことは実はまったく別問題であり、ちょうど世界恐慌から復興のために公共投資を増やした1930年代から50年という時間が経過していたためにインフラが老朽化して一気に崩壊を始めたというのがその理由だったようです。
日本では高度成長期のちょうど全開の東京オリンピックが開かれた当時の1960年代というところが建設ピークが始まった頃です。そして、それから50年が経過する2020年前後には日本でもインフラの老朽化が非常に大きな問題となるだろうということが本書のメインテーマです。
アメリカの橋梁崩落などという事故があっても「日本は大丈夫」という思い込みがあるようですが、実は派手な崩落事故はまだ起こっていないものの、橋梁などで老朽化のために通行規制や使用停止といった事例は決して稀なことではなく、頻発しているものです。点検漏れでいきなり崩落といった事態が起こらないと言うことはあり得ません。実は定期的に点検されているのは比較的大規模な橋だけであり、ほとんどの小さい橋はそのような管理もきちんとされてはいないということです。一般的な橋の耐用年数は50年ということですので、これからが一番危なくなる時期に当たります。

また、橋ばかりではなく建築物や水道設備もその時期に当たるものが多くなっているそうです。特に首都圏や大阪・名古屋では都市化とオリンピックや万博などで公共投資を集中した時期が早かったために老朽化も早くやってきているということです。
東日本大震災地震の揺れそのものによる被害は少なかったものの、東京で専門学校の卒業式が開かれていた九段会館で天井が崩落して死亡者が出ました。震度は5強であり耐震基準が満たされていれば大丈夫なはずでしたが、築70年を越えたその施設では被害が出ました。同様の状況の建物は他にも無数にあり、危険性は非常に大きいものです。

個人や企業であれば建物や設備は古くなったら取り替えるというのは当然のこととして意識されているのですが、公共の社会資本というものはそうはなっていないようです。老朽化や更新という概念が普通は自治体には無いということで、著者が調査したところではそれに備えた対策を取っている自治体は皆無だったということです。これには色々な要因があり認識不足、国家に責任転嫁、市民に責任転嫁、聖域と主張など、地方自治の病根が反映しているような状況です。
公共投資は資産を形成していこうとして行うと言うよりは、景気対策などの理由をつけて行われてきたために、更新の時期やその費用を考慮すると言う極めて当然な手続きは考えられていないという怖ろしい事態になっています。
著者の試算によれば、今後50年間の更新投資総額は330兆円に上り、年平均にして8.1兆円が必要だと言うことです。これを委員として参加している内閣府PFI推進委員会で発表したそうですが、政府の認識も甘いもののようです。
その後、各地の自治体での検討会にも参加してどのような対策が必要かということを行政と共同で進めてきているのですが、更新すべき施設を半数に絞ったとしても大幅な財源不足になるということが明らかになり、ではどうするかというところが難しいようです。

現状の公共設備をすべて更新していくというのは、まったく不可能です。またそれら全てが今後とも同じように必要かというとそれも人口構成の変化、住民の要望の変化なども考えれば違ってくるのが当然で、必要なくなる施設設備というものも多くなります。しかし、これらを統廃合といってもなかなかスムーズには行きません。施設を廃止するとなるとそれを利用している住民の反対運動が強まり、大混乱になるということも頻発します。過疎地域なら仕方がないとあきらめることもあるのでしょうが、都会などではそういった感覚が乏しく反対運動も根強くなることもありそうです。
しかし、公共施設の実態調査などをやってみると、公立図書館では利用者が一回あたり1000円かかるとか、(普通は利用は無料)、公民館でも利用料が数百円のところ実際は1回あたり1万円かかるとかいうことが明らかになります。こういった状況を細かく説明すると反対運動も収まるようです。

また公共施設を作る際にも最初から多機能化ということを考えて作っておくという対策も必要で、例えば学校を建てる際にも最初から部分的には老人施設に転用可能としておくということもありえるのですが、従来の施設の場合は建設補助金の関係もあり難しいということも問題として出てくることもあるそうで、そういった点の解決も必要なのでしょう。

このような問題は全国で起こってきている問題であり、速やかに対策を考えていく必要がありそうです。その際、行政だけでなく民間も参加して進め、情報はすべて明らかにしていくべきだと言うのは、著者が官民強力を推進する立場であるというところからも当然の主張でしょうか。ただし、上手い汁だけ民間が吸うということにならないように注意しなければ行けないのでしょう。