生物多様性の危機ということが言われていますが、それを守るために「里山」が重要だという主張も多く為されています。
里山というものは日本で大々的に言われていますが、もちろん世界中で同様のものは存在しており、人間が生活のために自然に対して介入して作り出しているものです。
日本テレビ系列で放送されている「所さんの目がテン」という番組でも10年以上にわたって里山再生の試みというものを継続して実施しています。
そこで言われているものは「放置され荒れ果てた里山を人間の手で整える」といったものです。
しかし、コンクリートに覆われた人工環境になったものを自然に戻すというのなら分かりますが、「自然に戻りつつあるものを人手を入れることで整える」というのには何か不自然なものを感じました。(不自然ということばがまさにその正体を捉えています)
つまり、「自然」そのものは決して多様性を増す手段としては高効率ではないということです。
番組で手を入れ続けている「里」も、その中心に水田と畑地を設け、そのためには水場も整備され、山林は間伐して風通しを良くすると、小さな場所の中に多くの環境を共存させる方向に持っていきます。
そうなればその小さな環境それぞれに居住することのできる動物植物がバラエティー豊かに共存することになります。
ということで、多様性を増すということだけが目的とするなら最上の結果を産み出します。
しかしそもそも「自然そのまま」というのはそれほど多様な環境ではないのでしょう。
一面の山林であれば、そのごく一部に水場があるのみ、そこには水生生物が居るにしても大きく広がることはありません。
ほとんどが山林となればそこに住む動植物も限られてきます。
つまり「自然そのまま」であればさほど多様にはならないということです。
ただし、大きく周囲を見ればそのあちこちに変った環境があり、そこでは他の環境とは異なった生態があるということ、すなわち非常に広く見なければ多様になっていることが分からないことになります。
それをせいぜいテニスコート数面程度の広さの所で見たいからと里地里山を作り出す。
あくまでもその場の見た目だけを気にした行為と言えるのでは。
上記の記事では阿蘇の草原を守る活動としての野焼きについても触れられていました。
これも地元の報道では「野焼きをしないと山林化して荒れ果てる」と言われていますが、山林化が自然だということは誰も言いません。
ただし、草原という極めて人工的な環境を作り出すことで「自然には居ない動植物」を作り出して多様性を高めることにはなります。
昨今の火災頻発で野焼きもやりにくくなっているとか。
危険な作業をどこまで続けていけるか。
どうも多様性ということを神聖化していくのは全面的に良い事とも言えないようです。