今は昔、鉄道がより人々の生活の中にあった頃には、現在では目を疑うような場面が見られたものです。
そういった懐かしい写真を数多く見せてくれます。
内容ごとに区分してありますが、「鉄道シーン」「鉄道員の雄姿」「車両」「列車光景」「鉄道貨物輸送」「車内の様子」「鉄道施設」「駅のシーン」と分けてあります。
写真の年代は様々ですが、だいたい1960年代から1990年頃までです。
1950年代末に登場したのが「10系客車」というシリーズでした。
セミモノコック構造と言われ、「軽量客車」と呼ばれました。
その後登場するブルートレインシリーズの先駆けともなったものです。
掲載されている写真は、1966年9月に撮られたもので、上野発長岡経由金沢行きの夜行急行「北陸」の車内から駅で待ち合わせのD51牽引の貨物列車を写したものですが、大型の一段窓が下まで下げられているところが分かります。
しかし、その窓の窓下の水抜きが不完全でたまった水が抜けず、車体下部の腐植が速く進み製造から10年ほどで廃車になっていったそうです。
1985年から運行を始めたのが、寝台車と自動車搭載用の貨物車ワキ10,000形を連結したカートレインでした。
汐留から東小倉間など、数路線で運行を始めたのですが、1990年代になると貨車に積めない3ナンバー車などが増えたために運行は終了しました。
掲載されている写真は東海道本線大森駅をそうこうしているもので、ブルートレインのナロネ21,カヤ21形客車に自動車搭載貨物が連結されているのが分かります。
国鉄の貨物列車では戦車を運んだこともありました。
戦時中にその対応の貨車を製造していたのですが、戦後になってもアメリカ軍や自衛隊の戦車を輸送するために使われました。
掲載の写真は、1967年に東海道本線米原付近を走行中のもので、チキ3000形貨車にM24戦車を2台ずつ搭載したものが連結されています。
なお、他の貨車もつながれているので、自衛隊などの専用列車ではなく通常の貨物列車に連結されていたようです。
1950年代から1960年代頃までは「着席保証券」というものが発行されていました。
列車の混雑があまりにもひどく、発車の何時間も前から並ぶ人が多かったために、始発駅で着席を保証するという意味で発行されたもので、座席指定とは異なりました。
しかし結局はその着席券を買うために窓口で行列しなければならないというものでした。
1970年代頃から座席指定券の購入ということが普及してくるに従い着席券は役目を終えて消えていきました。
この「ひどい混雑」というのは今ではあまり見られなくなりましたが、かつては大変なものでした。
私も子どもの頃の旅行時には通路まで一杯の人ということが多く、自分も何時間も立ったままということもよくありました。
今は昔の鉄道事情を思い出させてくれる写真でした。
