本書の原題は「Sexual Selection」で、そのまま訳せば「性淘汰」となります。
しかしselectionはふつうは選択と訳されることが多いようです。
ただし、生物学用語としてはchoiceも選択と訳されることがあります。
そのため、本書ではselectionの訳として「淘汰」を使うこととしたと、監訳者沼田英治さんがまえがきで触れています。
有性生殖においてメスとオスの交尾というものが最重要ですが、そこには種によってさまざまな形態があります。
配偶システムというものは、相手の数と期間が千差万別であるためにその形態も全くかけ離れたものになることがあります。
一夫一妻というのは動物の中ではごく稀な例のようです。
一夫多妻制、一妻多夫制、乱婚制など様々な例がありますが、それも種によって事情があるようです。
北アメリカの鳥でハゴロモガラスという広く分布する種があります。
オスは1羽のなわばりで最大8羽のメスが営巣するので、典型的な一夫多妻型と見られました。
ところで、ハゴロモガラスは農地の穀物を多量に食べてしまうため害鳥と見なされました。
そこでオスを精管切除(パイプカット)してしまい、それを放つことで個体数を制限しようという取り組みがされたことがありました。
しかしその結果、パイプカットしたオスのなわばりのメスの生んだ卵の多くは受精卵だったということが分かりました。
メスたちはオスのなわばりに入りながら、別のオスと交尾していたこととなります。
このように、一見して強大なオスが支配しているかのようなハーレムのメスが別のオスの子を産むということがよくあることのようです。
人間社会でも一夫多妻の習慣を持つところがあります。
しかしそのような社会でも実際には大部分(95%以上)が一夫一妻であり、ごく一部の富裕者のみが一夫多妻をしているだけのようです。
性淘汰というアイデアはダーウィンによって取り入れられました。
彼の自然淘汰というアイデアは科学界だけでなく社会全体に波紋を広げましたが、それと同じように性淘汰という考えもそうなりました。
メスの選り好みということ自体、当時の社会では受け入れがたい考えであり、人間の女性は選り好みなどはしないという道徳感から生物もそうだという認識があったようです。
しかし生物の研究が進むにつれその証拠が次々と出るようになりました。
最後に性淘汰の研究の最近の展開についてもまとめられています。
性的対立という概念はこの10年ほどの間に急激に注目を集めるようになりました。
オスとメスの交尾における利益は完全に両立するものと動物行動学研究の初期には考えられていたのですが、実際には交尾が雌雄にもたらす利益は相反することが多いということです。
交尾後も性淘汰が続いているという認識も比較的最近に広がってきました。
精子競争という現象が知られるようになりました。
生物のメスの多くは複数のオスの精子を受け入れるのですが、それがメスの体内で競争して受精するという現象です。
そのため、受精の機会を争うだけでなく、メスの体内での精子の競争があるということです。
自然科学の最先端では常に知見の拡大が起きているということでしょう。