京都の高山寺に伝わった鳥獣戯画は日本漫画の祖とも言われており、教科書にも掲載されているため誰でも一度は目にしたことがあるでしょう。
ウサギやカエルが相撲をとったりする絵で有名です。
これがどのように描かれたか、鳥羽僧正が作者という伝説もありましたが今ではそれを信じる人は少ないようです。
作者も含めこの鳥獣戯画には多くの不明点があるようです。
それを考古学者の著者が推理し、大胆な仮説を披露するというものです。
鳥獣戯画には4つの巻がありますが、もっとも有名で動物が人間のようにふるまうというのが甲巻と呼ばれるもので、これが中でも最古の成立とされています。
主にこの巻について解析していきます。
本の最初に掲載されているのが、「名場面集」というものです。
岩から背面ジャンプするウサギ、鹿の背に乗るウサギ、サルに鹿と猪が献上される、カエルがひっくり返る、カエルがウサギの耳にかじりつく、ウサギが投げ飛ばされてひっくり返る、といったもので、なんとなく記憶に残っているかもしれません。
こういった場面には「なにか意味があるのか」
もしかしたら楽しそうだからそれでよいと考えられてきたのかもしれません。
しかし仏教関係の文書をあれこれ調べてみると同じような構成、構図のものが出てきます。
そこから鳥獣戯画の意味というものも推察できるのかもしれません。
最初に著者が思いついたのが月世界とウサギというテーマです。
月にはウサギというのはアジア圏全体に見られる構図です。
それならカエルはどうなのか。
これも中国古代には月にカエルという伝説もあったようです。
しかし様々な文献に当たっていくと他の要素にも気づきます。
今昔物語は平安時代の成立ですので鳥獣戯画を作った人たちにもなじみがあったことでしょう。
その中にウサギを扱った説話もあるのですが、これがどうやら大唐西域記に由来する部分が多いようです。
そして鳥獣戯画に見られる動物の性格づけが今昔物語ではなく大唐西域記に近いということです。
その観点から見ると鳥獣戯画に現れる象徴的な動物たちは釈迦であったりする可能性もあります。
そしてその他の要素も考え併せていくと、ほかならぬ高山寺開山の明恵上人がこの鳥獣戯画の成立にも深く関わっていたのではないかと推論できるということです。
もちろん明恵上人は絵を描いたという話は伝わっていないため、本人が直接描いたのではないでしょうが、絵師を指図して作らせたのではないか。
その過程の中では当時法然上人の浄土宗を明恵上人が厳しく批判していたことも関係してきます。
鳥獣戯画の中でやっつけられる動物に法然が反映されているのではないか。
もちろんこういった推論は著者の意見でありまだ学界や世間の賛同を得ているとは言えませんが、こうして本まで出して主張しようというのはかなりの自信を持っているということなのかもしれません。