爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史」畑中三応子著

日本食礼賛という風潮がもう長いこと社会を覆っているようです。

「和食」のユネスコ無形文化遺産登録ということもそれを後押ししました。

しかし、その「和食」と言われているものなど、どの時代、どの地域に存在したか、ほとんど無かったものだともされています。

さらに海外からの観光客がもてはやす日本食も、ほとんどは海外から持ち込まれた料理、食材でありそれをなんでも取り揃えていることが良いと言われていることが多いようです。

 

著者の畑中さんは食文化研究もされる一方、雑誌編集者として様々な食文化について報道もしてきましたが、そのようなメイドインジャパンの食文化というものが本当にあるのかどうか、疑問に思ってきたということです。

そこで、日本の食文化について振り返り、掘り下げて本当のその姿はどのようなものかということをまとめました。

 

なお、その視点から非常に多くの事例などについて書かれているため、あれもこれもと言った感覚になってしまい、どこが主張の焦点かということがちょっと分かりにくくなってしまったかもしれません。

ある程度、日本の食文化について概念を持った人ならば非常に参考となることが書かれているのですが、それがはっきりしていない人には少し分かりにくいかもしれません。

 

描写は古くは明治から書き始められます。

江戸時代には実質的には完全自給であった日本の食糧は足りなくなれば餓死者が出るといった具合のぎりぎりのものだったのですが、明治以降は輸入の道が開けました。

それでも自由に買い漁るほどの経済力も整わず、徐々に増えていきそれに従って人口も増えることになります。

太平洋戦争では食料不足となり、さらに敗戦で海外の日本人も帰国、生産は落ち込み餓死者多数の情勢となりました。

ようやく占領国アメリカから食料供給をされるようになったのですが、それをアメリカは自国産の農産物の売り上げ増に結びつけ、コメだけは日本が作るものの他の小麦粉、トウモロコシ、大豆などはほぼアメリカからの輸入という体制がつくられました。

これを著者は「食生活の55年体制」と呼んでいます。

それまでの米食におかずという食生活から、小麦粉などを無駄なく使うような食生活へほぼ強制的に転換されました。

そういった食材にあうような料理はアメリカ風のものとなり、献立も変わっていきました。

 

朝鮮戦争が日本の復興を助けたという話はよく聞きますが、食生活の面でもその影響は大きいものでした。

朝鮮半島は悲惨な状況となっている間に日本では戦争特需で景気が良くなり食料もふんだんに揃うようになります。

「高度経済成長期」はまた「高度栄養成長期」でもありました。

肉・乳・卵の消費量がどんどんと拡大していき、日本人の味覚も大きく変わっていきました。

 

ただし、その時期の食品衛生観念のレベルは非常に低いもので、危険な添加物の使用が絶えず、衛生状態も悪いままのものが売られていました。

昨今の「中国毒食品」など上回るような危険食品が出回っていました。

ちょうど同じころに次々と問題化した公害問題と同様、人命など軽視した経済優先のみの社会でした。

 

しかし石油ショックでエネルギー事情の危機が明らかになるのと同じように食料供給も問題が大きいことが認識されるようになります。

1980年代には食糧安全保障ということが論議を呼びます。

そこで言われたのが「日本型食生活」ですが、その実態はあやふやなものでした。

そのイメージはせいぜい1970年代の都市住民の食生活で、ご飯を中心にはするものの肉類や牛乳も多く使うというもので、決して「伝統的和食」などではありません。

しかしそれに力を得た論者が「粗食」礼賛を進め、それが「和食」であるかのようなイメージを作ります。

 

ところが日本経済はまた再びバブルで大きな波に乗ります。

急激な円高で海外の食材を大量に買い込み、ファッションフードと著者が呼ぶような料理や食品が氾濫します。

テレビではグルメ番組と呼ばれるものが始終流れるようになりました。

貿易問題も激化し、牛肉の輸入自由化、それが空前の牛肉ブームを作り出し、食べ放題しゃぶしゃぶなどと言うものが町中に広まります。

 

狂牛病騒ぎというのも大きな影響をもたらしました。

日本には関係ないなどといった初期の報道もすぐに崩れました。

アメリカ産牛肉のストップという事態は吉野家牛丼の休止ということにつながりました。

しかしその時のマスコミの姿勢は「吉野家牛丼を惜しむ」というもので、アメリカの牛肉検査体制の不備やトレーサビリティ無視といったことを批判するものがほとんど見られませんでした。

日本の検査体制の問題点を科学的に検証するという姿勢も見られず、感情的なものばかりでした。

 

食料自給率が低いということは繰り返し問題と報じられますが、その原点である敗戦後の占領軍の政策を振り返られることはありません。

食生活を見直さなければ自給率も変えられないのですが。

 

なかなかの力作で参考となる点は数多くありました。