そしてそれは信長、光秀の周囲の女性たちにも大きな影響を及ぼしました。
織田家の人々は明智軍により殺された人も多かったのですが、そのわずか後には秀吉軍によって光秀は殺され、明智家の女性たちも多くが死ぬこととなりました。
さらに残された織田家の女性たちもその後は秀吉により苦しみを与えられることとなります。
そういった本能寺の変によって大きく運命を変えられた女性たちについて語られています。
取り上げられているのは、濃姫、熙子、御妻木、お鍋の方、お市の方、細川ガラシャ、春日局の七人です。
濃姫は信長の妻ですが光秀の親戚ともいわれています。
熙子は光秀の妻、そして御妻木は光秀の妹または義妹で信長の妾だったとされています。
お鍋の方は濃姫、吉乃の亡き後に信長の事実上の正妻となったと考えられ、本能寺の変の後には信長の位牌を守ったと伝えられています。
春日局は光秀の甥の利三の娘でその後徳川家光の乳母となり大奥で権勢を握った人物です。
このような人々について語っていきますが、著者の楠戸さんは新聞記者を経験した後に作家となったということで、非常に広く文献や史料を調べていますが歴史学的な考慮はあまりせず、後世に書かれた二次史料というものでも一概に疑問視せずに取り入れているようで、比較的に通俗の見方に近いように感じます。
そのためか、歴史学者からは非常に疑わしいとされる光秀の明智家の正統な後継者説や濃姫との縁者説なども疑問を持っていません。
また本能寺の変の原因についてもよく言われているような信長の叱責や折檻説を取り入れており、それらの存在は疑わしいとする説とはかなり異なるようです。
史実との違いはあるのかもしれませんが、通俗小説に書かれるような内容とはほぼ一致する書き方ではあるものの、戦いに巻き込まれ人生を大きく変えられた女性たちの生き方について書かれ、運命の厳しさとそれを生き抜いていく女性たちの強さを感じさせられます。