爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「兄弟の社会学」畑田国男著

今は「男女」の差というものが大きな問題となっていますが、この本では「兄弟」という関係性が非常に大きいという立場から見ています。

なお、この本は1993年出版と実に30年も前のものであり、当時とは社会情勢も家族環境も相当違ってきているでしょう。

しかしまだ変わらないでいる部分も相当あるのかもしれません。

また、本書で取り上げられている有名人も若の花、貴の花の若貴兄弟など、ひと昔前の人で私にはまだ記憶に新しいものですが、最近の人にはイメージがわかないことも多いかもしれません。

 

兄弟という立場の違いというのは心理的に意外に大きいもののようです。

兄は夫婦の最初の子供として生まれ一人っ子として育てられるのですが、そのうちに弟という変な存在が出てきて家族の雰囲気も一変します。

昔のように跡取り息子といった感覚は薄れているのでしょうが、それでも小さな弟に対する責任感といったものをいやでも感じることもあるのでしょう。

弟は生まれたときにはすでに兄という近い存在があり、それをライバルとして育つことになります。

そこにはやはり大きな心理的影響があるのでしょう。

 

そういった兄、弟の特性というものを、スポーツ界、芸能界、政治家といったところで実例を見ていくという本の構成となっています。

ただし、こういった「実例」というものはあくまでもその例でのことであり、普遍的な学説とはなりえないのは当然です。

まあ、気楽な読み物として見る分にはよいのですが、あまり信じることもできないのかもしれません。

 

なお、本書で引かれた実例では当時の年上世代はまだ兄弟多数という年代であり、長子と末子の間に非常に多くの中間子がいるという状況でした。

ようやく現役世代になって兄弟は2人程度ということになっています。

しかしその後はさらに少子化が進み一人っ子も増えているでしょうから、この本の主張も難しくなっているのでしょう。

 

また「兄だから」「弟だから」という育て方の違いというものもやはりどんどんと変わってきているようにも思います。

私たちの世代(60代)ではまだ「兄だから」といわれることもあったのすが、その後はどんどんと変わってきており、私は子供たち(30代)にはそういった気持ちはあまり持たずに対してきたと思っています。

子供たちの子(私の孫)はさらにそうかもしれません。

 

「気楽な読み物」だったかもしれない本ですが、現在の目から見ると逆に大きな問題を提起しているようにも思います。