人間は過ちばかりを犯しているように見えます。
きちんと考えればより良い選択があるはずのところで、とんでもない悪手を取ってしまいます。
そこには、脳の働きや人類が進化してきた経緯から仕方のないものもあるようです。
そういった様々な事柄を説明していきます。
ただし、その内容に入る前に本書全体の印象から書いておきます。
本書の表紙裏の推薦文に「話題は多岐にわたり、生き生きとした逸話や実例が満載です」とあります。
確かにそうなのですが、しかし実際のところ「多すぎて本書の主題、言いたいことが何なのかよくわからない」というものです。
こういった欧米の科学書でよくあるものですが、特に社会学や動物生態学など、フィールドワークの比率が高い分野の本では自分の業績を削りたくないという意識があるのか、実例を次々と並べていって結局何を言いたいのかよく分からないという本があります。
これまでも何冊もそういった本を読みましたが、読むたびに「もっと簡潔に言いたいことをはっきり書け」と言いたくなりました。
この本もまさにそういった性質を色濃く持っているものです。
そこには、著者の特質も関係ありそうです。
著者の二人は親子で、エレンさんは母親で数学者ですが、マイケルさんが息子でサイエンスライターとなっています。
おそらく母親が総枠を決め息子が文章を書き最後にもう一度母親が監修といったところでしょうか。
そのためか、文章はこなれていて手慣れた感じですが、それが逆に「書き過ぎ」につながったのかもしれません。
欧米にこういった科学書が目立つというのは、あちらにはサイエンスライターやそれにかなり近づいた研究者という分野が確立しているせいかもしれません。
日本にはそのような人がほとんど育たないため(だから日本人には科学リテラシーがないということですが)科学書といっても専門家がつたない文章で書く「正確だけれどつまらない」本か、科学に不自由な作家が書く「文章はうまいけれど科学的内容は間違いだらけ」のものばかりなのでしょう。
というわけで、「膨大な実例と逸話に満ち満ちているが、何を言いたいのか良く分らん」というものになってしまったようです。
それでも一応内容についてもざっと触れておきます。
まずは「市場の過ち」と題し、ビジネス関係で起きる誤った行動とその奥にある心理を分析して見せます。
経済学者がさんざん実用にならない学説を分析して見せたように、「市場は合理的で間違えない」と考えると痛い目に遭います。
ほとんどの市場の動きは非合理でムードだけで動くものであり、それにいくら科学を使っても大したことにはならないのでしょう。
錯覚というものについても、脳科学的な分析から進化生物学の知見まで広く入れ込んでなぜそうなるのかを解明し、さらに「分かりやすい実例と逸話」で説明しています。
脳は高機能であるとはいえ瞬間的に判断するには不足する部分がありますが、それを補うようにうまく簡略化する機能が備わっています。
それが逆に錯覚を生み不正確な判断につながることがあります。
また周囲で起きたすべての出来事をそのまま記憶するには脳の記憶容量が不足するために無意識に編集してから記憶する機能があるため、事実と異なる記憶というものも作り出してしまいます。
これがアメリカで多発した「ありもしなかった幼児虐待による冤罪」の原因となりました。
人間社会の複雑な構造をなんとかうまく動かすためにありとあらゆるところにルールが決められていますが、それをたいていの人は順守することしか考えません。
ルールに穴があればそのまま大きな間違いをしてしまいます。
1983年に当時のソ連の軍隊の二人の軍人が行なった行為がその両極端でした。
オシポヴィッチ大佐は空軍のパイロットで、アメリカの偵察機が領空侵犯を繰り返すのを緊急発進して追い返すという業務を行っていました。
しかし、ある時緊急発進で接近しても何も反応せずそのままソ連国内に近づいてしまう航空機を発見し、マニュアル通りにミサイルを発射しました。
その飛行機は大韓航空の旅客機でした。
ペトロフ中佐は警戒衛星システムの管制センターで飛来するミサイルの警戒をしていました。
当時はアメリカとソ連の緊張が高まり不意打ちの攻撃もあり得る状況でした。
ちょうどそのころ、突然アラームが鳴り響きアメリカからの核ミサイルが5発飛来するという表示が出ました。
ルールでは攻撃をされたら反撃のために核ミサイルを発射する権限が与えられていました。
しかし、ペトロフ中佐は何かおかしいと感じました。「もし本当に開戦するつもりならミサイル5発だけ発射するわけがない」という、極めて妥当な判断でした。
実際にそのアラームは装置の誤作動であったことが分かりました。
人間が犯しやすい「自分たちとあいつら」の区別から生まれる過ちについても多く取り上げられています。
自分の所属する集団と、それ以外の他者とを区別し、その対応を変えるということは誰でも行ってしまいます。
それが人種や民族のレベルで起きると人種差別や民族紛争となってしまいます。
本当は7万年前には人類はせいぜい2000人しか居らず、しかもその中のほんの150人ほどがアフリカを旅立ち世界中に広がりました。
そこからだいたい2500世代しか経過していません。
その間にできてしまったわずかな差をめぐって民族紛争などをやっています。
ほんの少し前には同じ家族のようなものだったということは忘れられてしまいました。
なかなか良いことを書いてあるのですが、とにかく冗長で分かりにくい。
残念な本でした。