爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「意識の川をゆく 脳神経科医が探る『心』の起源」オリヴァー・サックス著

著者のオリヴァー・サックスさんは、脳神経科の医師で多くの患者を診察してきましたが、その症例を小説として書くということもしてきました。

レナードの朝」や「妻を帽子と間違えた男」はかなり有名なもので、映画化などもされています。

2015年に82歳で亡くなっていますが、この本はそのすぐ前に書かれたもので、様々な「心」についての随想となっています。

 

ただし、他の小説化されたものとは少し異なり、10章のいずれもある特定の医学的・生物学的主題を論じるというものです。

 

第1章、ダーウィンの植物学、第2章、時間意識、第3章、植物とミミズの精神生活、第4章、フロイド、第5章、記憶の誤り、第6章、聞き間違いについて、第7章、創造的自己・すなわちひらめきと呼ばれる現象、第8章、片頭痛、第9章、意識の川、第10章、暗点

という構成です。

 

ダーウィンの植物学という話は意外なものかもしれませんが、実際にはダーウィンはビーグル号での航海の後はほとんど自宅に引きこもり、公職にもつかなかったそうです。

そして自宅の庭で観察できる植物やミミズについての考察を重ねたため、ダーウィンのもっともすぐれた業績はミミズの研究だという断言する研究者もいるそうです。

 

記憶は誤りやすく、操作されることも多いということは多くの本などで語られていますが、サックスも自らの幼児期の記憶でその実例を実感したそうです。

ちょうど第二次大戦の時期にロンドンで暮らしていたため、ロンドン大空襲も経験しました。

一度は隣家に1000ポンド爆弾が落下、不発弾だったため多くの人は寝巻のままできるだけ静かに歩いて(振動を与えると爆発するかもしれないので)避難しました。

もう一度は、焼夷弾が家の裏に落ち、父は手押しポンプで、兄たちはバケツで消火しようとしたのですが、焼け石に水で白熱した金属が水が当たるとシューシューと音を立てたというものです。

ところが、5歳年上の兄上にその記憶の話をしたところ、1000ポンド爆弾の記憶は当たっているものの、焼夷弾の時には「お前はいなかった」と言われたそうです。

その兄とオリヴァーは家を離れて疎開しており、もう一人の兄がその話を詳しく手紙に書いてきて、それをオリヴァーが夢中で読んでいたのを覚えていたそうです。

つまり、家族からの手紙の状況を全く自分の体験のように記憶してしまったということです。

 

神経科医として多くの患者を診てきたサックスですが、自分が大けがをしてそのような体験をしたこともありました。

登山の時に左脚の神経と筋肉に重傷を負う事故にあいました。

手術を受けてしばらく脚を固定され、動くことも感覚も奪われた時に、「自分の脚が自分の一部ではないように思えた」という感覚になり、担当医にもそう話したそうです。

しかし彼は「君はユニークだね、今までに患者からそのようなことを聞いたことは無いよ」と言われたそうです。

サックスはそんなことはないはずだと考え、病院で多くの患者に質問して回ったのですが、同じような経験をした人はかなり多数居たそうです。

ただし、あまりにも異様で怖ろしい感覚なので人に話すこともできなかったとか。

退院後、多くの論文を調べたのですがこの件についてのものはほとんどありませんでした。

しかし南北戦争時の負傷兵、そして第1次大戦中の負傷兵についての報告に同様の事象について触れてあるものがあったそうです。

さすがにそこからさらに脳の機能についての考察に進んでいくところが、転んでもただは起きないということでしょう。

 

文章力も非常に優れていると感じられ、さすがの内容でした。