人類は長く苦しめられてきた微生物による感染症に対し効果のある抗生物質というものを手にして感染症には勝利したかのように見えました。
しかしすぐに抗生物質は効かなくなりました。
耐性菌というものが出現しいくら抗生物質の投与を続けても効果がありませんでした。
その後、そういった耐性菌にも効くような新たな物質を探し出しそれを新薬として使うようになるとまたその新薬にも耐性菌が出現する。
そういった繰り返しが続くようになりました。
そしてとうとう現在知られているような抗菌剤はほとんど効果が無いという、超耐性菌とでも言わなければならないような菌が出現しています。
そのような状況のもとですが、それでも超耐性菌に対して効果のあるような新規抗菌剤を開発し薬剤として使用できるようにするという活動は続けられています。
本書著者のマッカーシー氏は病院の感染症医ですが、新薬の治験を担当しています。
有望な薬剤「ダルバ」の治験について、自らの体験を基に書いています。
なお、患者の担当医とは別に新薬の治験を担当する立場の医師がいるというのはおそらく日本とはかなり違うのでしょう。
彼はあくまでも治験ということを説明し患者が受けるかどうかを確認して同意書にサインしてもらうのですが、それでも患者の履歴や治療歴などを精査しなければ治験可能かどうかも分からないということで、詳しく調べています。
ただし、学術的というよりは小説として読めるようにということを意識したのか、治験の候補となった患者の人生についてや、治験を薦めた際の会話などを繰り返し描いており、そういう読み物が好きな人にとっては読みやすいのかもしれませんが、私には少し余計なものに感じられました。
というのも、もう30年以上も前になりますが会社の研究所に勤務していた時に抗生物質の耐性ということについて仕事をしていた時期があり、もうほとんど古い知識だけになっているとはいえ、ある程度のこの分野の見通しはきくという要素があるからでしょう。
そんな私でも知らなかった事実をいくつか。
新規抗生物質を使用するとあっという間にその耐性機構を持つ微生物が増加してきます。
その抗生物質による誘導でそういった遺伝子を獲得したのかと考えられていましたが、実はそのような遺伝子はもともと持っているのであり、それが抗生物質使用により発現するようになって一気に増加してくるのだそうです。
そのため、400万年以上地上とは隔絶されていた洞窟の中から見つかった細菌にも現在の抗生物質の耐性遺伝子が見つかったとか。
新規抗生物質の探索にはいまだに自然界よりの微生物の分離とその生産物の探索という手法が用いられていますが、もうほとんど新規微生物も新規化合物も見つかりません。
しかし、自然界の微生物のうちよく用いられる手法の寒天培地での分離培養ということが可能なのはごく一部だということも知られるようになりました。
一説には培養可能な微生物は存在する種の中の1%にも満たないのだとか。
こういったことは環境中の微生物を探索するのではなく、遺伝子DNAを直接分析することで分かってきました。
そこでそういったDNAの中から化合物製造のための遺伝子を見つけ、そこからできる化合物を特定するという手法が新たに生まれ、それで見つけ出した抗生物質も出現しています。
マラシジンという抗生物質がそれだということです。
今後こういった方向で斬新な新薬が出てくるのかどうか。