爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「半導体戦争」クリス・ミラー著

「世界最大の半導体メーカーTSMCが熊本に工場建設」なんていうニュースが流れましたが、TSMCなんていう名前もあまり聞いたことがありませんでした。

だいたい、半導体製造では日本が強かったんじゃないのなんていう認識しかなかったので現在の世界の半導体地図というもの自体、ほとんど分かっていませんでした。

そういった人向け、半導体が誕生してからアメリカでの成長、日本の生産拡大、アメリカの復権、そして台湾などでの製造力急伸、さらに現在に至り中国の急拡大まで、コンパクトに(とはいえ資料まで含めて550ページ以上)教えてくれます。

 

半導体のおおまかな歴史を見るには本書の章題を見れば良いかもしれません。

半導体の黎明期 1945-1959

半導体産業の基軸となるアメリカ 1959‐1980

日本の台頭 1980‐1987

アメリカの復活 1987‐1993

集積回路が世界をひとつにする 1985‐2005

イノベーションは海外へ 1984‐2018

中国の挑戦 2013‐2021

武器化する半導体 2015‐2021

 

題名にその章で扱われる年代も付記しましたがそれでだいたいの流れは分かるようです。

 

最初は物理学者の思いつきでできたような半導体がどのように実用化されたのか。

民需などは想像もできなかったため、最初は軍事用に売り込んだようです。

それがトランジスターラジオなどにも使えると分かり、一気にそちらの成長が始まりました。

その下請けになったのが日本、「トランジスターラジオのセールスマン」という言葉も昔懐かしい響きです。

しかしその勢いは止まらずDRAM製造でアメリカを凌駕し日本全体の国力も上がったかのように見せました。

その頃はまだコンピュータというものがほとんど普及していなかったというのも意外な想いです。

そしてそれの開発競争でアメリカが独占したために日本の製造力などはあっという間に意味がなくなります。

ところがアメリカは企画力設計力では独占的な力を示したものの、製造は得意ではないようです。

韓国や台湾などに製造を下請けに出したつもりがあっという間にその製造力が圧倒するようになってしまいます。

台湾のTSMS(台湾積体電路製造と言うんだそうです。初めて知った)が急成長をしたのもそのためでした。

TSMCは依頼製造に特化したためにかえって世界のすべての企業からの注文を受け付け、その製造技術は発展し続けました。

韓国のサムスンはなまじ自社製の半導体も製造したために、製造を依頼できない企業も出たために成長しきれなかったというのも知りませんでした。

しかし、台湾の隆盛を見るだけでは済まない中国が自国でもと画策し様々な施策を行なっているのが現況です。

 

一口で言ってしまえば上のような粗筋になるのですが、他にも興味深い記述が満載です。

 

アメリカがベトナムで国力をすべて投入して戦ったベトナム戦争ですが、初期の軍事作戦だけで80万トン以上の爆弾を投下したと言われます。

しかし、その爆弾のほとんどは命中しませんでした。

まだ誘導装置というものが無かったためです。

そこで、米軍では誘導装置開発に注力し、シュライクミサイルといったものを作り出しました。

ところがその命中率も惨憺たるもので、ほとんど使い物にはなりませんでした。

それはその誘導装置に真空管を使っていたためです。

そこでテキサス・インスツルメンツの技術者が半導体を使った誘導装置の開発にあたりました。

実はすでに大陸間弾道弾の誘導装置にはその半導体が使われていましたが、航空機から発射するミサイルの誘導装置はそれよりもはるかに高度な機能が必要であり、それを達成していきました。

 

ソニー盛田昭夫は1989年に石原慎太郎とともに「NOと言える日本」という本を出版し、日本ばかりでなくアメリカにも相当な衝撃を与えました。

そこで語られている中でもアメリカのICBMをはじめとする兵器には日本製の半導体が使われ、それなしには戦えないというくだりはアメリカの政治経済界に大きな影響をもたらし、半導体産業への大幅なてこ入れが行われることとなりました。

 

1985年、台湾政府の大幅な後押しもあり、モリス・チャンがTSMCを設立します。

すでに韓国ではサムスン半導体事業を推進しておりそれからは遅れますが、独自の方策でついには逆転します。

TSMCの成功の理由はアメリカの半導体産業のファブレス化の動き、すなわち工場を持たずに製造は委託するということにありました。

それもできるだけコストの安いところに。

その場合、半導体製品を自らも製造しているサムスンには製造委託の際にアイデアを盗まれる危険性があると考え、委託製造だけに特化したTSMCに依頼するということになりました。

その信頼は実績と共に拡大し、ついに世界一の半導体製造会社となったのです。

 

日本が半導体製造を制覇していたころは半導体もさほど種類も無かったのですが、2000年代になると半導体産業は3つのカテゴリーに分類されるようになりました。

「ロジック」というのはコンピュータなどを動かすプロセッサのこと。

「メモリ」はDRAMフラッシュメモリーなど。

そしてその他としてセンサーなどのアナログ・チップ、通信を行なう周波数チップ、電力消費を制御する半導体など。

これらの製造・消費の動きは一体ではなくカテゴリー別に違った動きを示すようです。

 

インテルはコンピュータのプロセッサの分野ではほぼ世界制覇を成し遂げ、今でも巨額の利益を上げていますが、人工知能の発展については完全に予測を誤ってしまいました。

いまだに最大の利益を上げる最先端半導体メーカーであることには間違いないのですが、この先もそうだとは言えないようです。

流れを取り戻すことができなければ消滅の危機を迎えることすらあるかもしれません。

そうなれば、最先端プロセッサを製造できる企業はアメリカから消えることとなります。

 

中国の台湾武力併合という意志表明については、脅威と見る意見とそんなことができるはずがないというものがあります。

しかしTSMCの台湾工場を見ると、もしもそこに武力攻撃などがあれば世界中の半導体がなくなることにもなり兼ねず、そうなれば中国自身も深い傷を負うことになります。

だからと言って中国は台湾を攻めることはできないなどと言う楽観論も危険です。

しかし中国の世界戦略を大きく作用する存在であるのがTSMCだということに間違いはないようです。

ただし、中国の軍事的脅威の他にも台湾には大地震の恐怖があります。

このリスクも十分に考慮し対策を取る必要があります。

 

他にも面白い話があり、かつてのソ連は先進のアメリ半導体産業を必死で追走しようとしてスパイを多く送り込みました。

ところがスパイがいくら最先端製品や企業秘密を持ち帰っても、それを形にする基本技術がまったく追いついていなかったのでついにアメリカを追いかけることすらできず、半導体技術はほとんど成長しないまま終わってしまいました。

 

いやはや、半導体というものは現代の世界ではかつてないほどの存在となっているようです。