ダイアモンドオンラインで特集が組まれているようですが、「水素」へと注目が集まっています。
「1100兆円がうごめく」そうで、いかにも経済界というものの性格を表している表題です。
その冒頭の言葉が特徴的です。
「脱炭素の切り札として、世界中が水素をエネルギー源と位置付けて熱い視線を向けている」
「脱炭素の切り札」にはなりません。
「水素はエネルギー源」ではありません。
ということは、これまでに何回も繰り返してきました。
水素エネルギーとは何か、そして何でないか - 爽風上々のブログ
しかし、それでもこれに方向が向いてしまうのは、やはり現在の「自然エネルギーからの電力生産」というものが既に限界が見えてしまっているからなのでしょう。
特に、「運輸交通部門」のガソリン・重油代替としてはまったく使い物になりそうもないということが分かってきたと言うことでしょう。
確かに、今でも「EV」電気自動車の開発熱というものは過熱気味のようですが、それもなかなか進みそうもありません。
とにかく、ネックは蓄電池であり、その能力がなかなか上がらず走行距離が伸びない、充電時間が長い、重量が重い、かさばって車内をふさぐといった欠点は隠しようもありません。
特に、そういった目に見える欠点以上に問題なのは蓄電池を作るための資源の限界であり、今のところなんらかのレアメタルを使う必要がありますが、これが今後も安定供給できるかどうか、大きな不安要素です。
さらに、まだ「乗用車」では我慢して使えたとしても、トラックなどの大型自動車、建設重機などの電動化が果たして実用的かどうか、極めて疑問と言わざるを得ません。
自動車でもこの調子であれば、「航空機」になればもう絶望的とも言えるものです。
ただちょっと飛ぶだけのおもちゃなら作れても、長距離大型の電気航空機など夢のまた夢でしょう。
このような状況ではやはり「水素」ということになるのでしょう。
「エネルギー源」とは言えなくても「エネルギーを変換したエネルギーキャリア」としては有効です。
さらに、すでに「水素電池自動車」も実用化(とは言えなくても)されており、ロケットなどではこちらが先行しているとも言えるようです。
それなら、本当に水素燃料社会になるのか。
エネルギーキャリアとしての有効性はあると言っても、もともとほとんどその形で得られわずかな精製の手間で燃料化できる石油とは異なり、水素はそれを作り出すために多大な工程と投入エネルギーが必要となります。
現在はその製造方法として、天然ガスなどから作り出すという大馬鹿な方法が主となっています。
「脱炭素」で化石燃料使用を止めようとしているのに、水素を作り出すために天然ガスを原料にするなどまったく無意味です。
そして、一応の可能性としてあるのが「水の電気分解」です。
これを見て「その電気はどっから持ってくるんじゃい」と考えるのが普通でしょうが、そこに「風力発電」や「太陽光発電」を組み合わせようというのが最近の猿知恵です。
これも、まともな電力供給の中には載せにくいという欠点がよく知られるようになってきたのでしょう。
なら何とか使いようがないかと考えての「電気分解で水素製造」というものです。
工業規模の装置もあるようです。
しかし「燃料用の水素を大量に作り出す」ための装置というものはまだ本格的な開発はされていないようです。
まず、それらの装置が「太陽光発電や風力発電のような多変動出力電力で稼働可能か」という疑問があります。
電気機器で「電圧・周波数」が変動するとまともに動作せず、最悪の場合は装置が破壊されるということがあります。
たしかに、電気分解装置で電極に掛ける電力は多少の変動があっても良いように思いますが、しかしその装置は様々な制御部分もあるはずで、そこにそのような低級電力は使えないでしょう。
しかし、ここでちょっと調べただけですが「電極は白金族元素」って本当ですか。
そんなものじゃ、大量に製造などできないでしょう。
ここにも「レアメタル問題」ありです。
さらに(もう”さらに”ばかりですが)ただでもEPRの低い低効率発電設備である太陽光や風力で作られた電力は、すでに発電した段階で非常に高価格なものですが、そこから先の工程でも効率は100%ではありえず、かなり低いものでしょう。
そうなれば、そこで作られる水素というものは非常に高コストになるはずです。
もう、経済性などはどうでも良いのでしょうか。
「経済で合わない」ものは「エネルギーでも合わない」いや、逆に「経済で無理やり合わせる」ことはあっても「エネルギー理論では絶対に無理」なのです。
「水素」などで人類の未来を狂わすようなことをしてはいけません。