爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「歴史の愉しみ方 忍者・合戦・幕末史に学ぶ」磯田道史著

著者の磯田さんは映画にもなった「武士の家計簿」の原作者ですが、古文書を発掘し解読するのが専門と言う歴史学者です。

 

歴史好きという人も多いのですが、多くは歴史小説で作家の作り出した像を楽しむばかりですが、磯田さんは各地に埋もれた古文書を読み解きその裏に見える歴史の実像を明らかにすることに魅力を覚え、それを少しでも伝えたいとこの本を書きました。

実は、「武士の家計簿」もそのような古文書発掘の結果見つけ出したものを基に書いたものだそうです。

 

著者は岡山の旧家の生まれですが、13歳の時にお祖母様から家伝の古文書を託されたそうです。

江戸時代に先祖が池田家に仕えていた時の文書らしいのですが、当然ながらまったく読めませんでした。

これを何とか読んでやろうと、「近世古文書解読字典」という本を古本屋で見つけ、毎日勉強をそっちのけで解読を進めていき、3か月でようやく全部を読むことができたそうです。

そこには先祖が殿様に認められ、最後には側用人にまで出世した経緯が書かれていました。

その後大学で歴史を専攻し、古文書を調べて歴史の真実を探るという方向に進むようになったという事です。

 

そのような経歴のためか、古文書の速読が得意であちこちで見つけた文書をすぐに解読することができるために、多くの新発見ができました。

前述の「武士の家計簿」も偶然古本屋でみつけた猪山家の「入払帳」を解読し再構成したものです。

 

なお、その後東日本大震災の被害を見るにつけ、かつての古文書に地震の災害の状況が書かれているものがあることを考えて、今後の地震の危険性が高い浜松に職を転じて地域に残る古文書の解析を始めたそうです。

東海地区には地震記録を研究する歴史学者が一人もいなかったため、それを担う必要を感じたためとか。

すると浜松市の高塚地区に海抜5mの砂山があるのですが、それが明応の津波で大きな被害を受けた経験を活かし人力で山を作って津波避難タワーとしたものだということが分かりました。

実際に安政地震の際には人の命を救ったそうです。

 

江戸時代になり平和がやってきたためか、多くの新田開発が進み、人口も急激に増えたことが知られています。

しかし、1700年頃にはそういった動きがピタリと止まり、その結果人口増加も止まりました。

その要因がなかなかつかめていなかったのですが、これは宝永地震津波と富士山大噴火の影響だということが分かりました。

江戸時代初期の新田開発では、低湿地や海岸の干拓が大きな割合を占めていました。

ところが、宝永地震津波で西日本の低地の干拓地などは大きな被害を出してしまいました。

その結果、その後は干拓地を広げるという方向には向かずそのため新田開発の勢いがすっかり無くなってしまったそうです。

 

著者がまだ大学院生であったころ、古本屋や古道具市をあさり歩くことが多かったそうですが、ある時露天商の品物の中に戦前の政治家の色紙らしきものを発見、一枚500円で2枚買ったそうです。

その一枚には「第75帝国議会去感斎藤隆夫」と署名がありました。

著者も昭和期の歴史にはあまり詳しくなかったため、斎藤隆夫氏がどのような人かも知らなかったのですが、調べてみてそのあまりにも大きな意味が分かりました。

昭和15年2月2日の議会で、斎藤は歴史に残る演説をしました。

軍部の進める大陸戦争は戦争の目的もあいまいで聖戦と言いながら国家百年の大計を誤るものだという、侵略戦争を糾弾するものでした。

しかし、斎藤は国会から除名されるということになりました。

国会除名の決議に賛成296、棄権144、反対はわずか7票というものでした。

さらに、斎藤には脅迫が相次ぎ暗殺されることすら覚悟しました。

その時の心境を書いたものがその色紙だったそうです。

このような大切なものをわずか500円で買ってしまったことに後悔し、その露天商を探し回りました。

何か月もかかってようやく見つけた露天商は「気にせんでいい」と言ったそうです。

 

子供を出産する際に、胎盤も一緒に生み出されますが、歴史上これは重要視されており、特に天皇の皇子の出産の際にはその胎盤を特に分けて秘かに埋められたそうです。

呪術的な意味が強いもので、それを「胞衣塚(えなづか)」と言います。

その胎盤というものを実際に見てみたいという思いが止められず、著者の子供の出産の際に立ち合いを望み、胎盤が排出されたらそれを見ようとし、助産師に「旦那さんはそっちに行かないで」と止められたそうです。

そんな時にも歴史への興味を失わないのは大したものです。

 

さすがの文章力、あちこちで「上手い」という言葉を送りたくなりました。

 

歴史の愉しみ方 - 忍者・合戦・幕末史に学ぶ (中公新書)

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