爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本人の源流 核DNA解析でたどる」斎藤成也著

国立遺伝学研究所の斎藤さんの本はこれまでにも2冊読んでいますが、最新のDNA解析技術を用いた検討で日本人の遺伝的構造を探るという、最新の情報を基に一般向けに分かりやすい内容となっています。

 

この本も2017年10月の出版というもので、最近急激に進歩したDNA解析技術で、ヒトの「核DNA」を調べたというもので、これまで多くの実験が為されていた「ミトコンドリアDNA」「Y染色体DNA」と比べて情報量が格段に大きくなり、さらに精密な結果が得られつつあるということがよく分かります。

 

以前に読んだ斎藤さんの著書「日本列島人の歴史」の内容も関係しますが、本書でも「日本人」という言葉は限定的に使われています。

sohujojo.hatenablog.com

この日本列島でこれまで住んでいた人々を指す名称として、「日本人」としてしまうのは不正確になるということから、著者は「ヤポネシア人」という言葉を使っています。

 

 

日本人の源流という意味では、「二重構造説」という学説が大きな存在となります。

それ以前の明治初期からのベルツや鳥居龍蔵らの説もそれに近い内容を含んでいましたが、1980年代になり人骨の特徴の分類から、山口敏や埴原和郎らによって提唱されたものです。

それによれば、先に日本列島に移住したのが縄文人と言われる人々であり、その後稲作技術を持って渡ってきた弥生人が日本列島に農業をもたらしながら大きく広がり部分的に混血しながら現代日本人の源流となったというものです。

二重構造説に対しては、賛否両論の大きな議論を引き起こしましたが、今回の本書に紹介された核DNA分析により基本的には二重構造説が補強されたものとしています。

 

ヒトゲノム解析(DNA解析)により、世界各地のヒトのグループごとの関係や分離した年代などが分かってきていますが、それと共に過去の人口変動というものも推定できます。

テキサス大学ヒューストン校の研究グループによって発表されたものですが、それを見ると非常に興味深い結果があります。

ヨーロッパの4集団(フィンランド人、欧州系米国人、英国人、イタリア人)では7-8万年前に急激な人口の減少が起きたようです。

また、東アジアの中国系シンガポール人、北部中国人、日本人でみると6-7万年前に急激な人口減少が起きました。この2つに1万年の時期のずれがあるのは何らかの意味があるのかもしれません。

一方、アフリカのケニア人では6-7万年前に人口減少があったと分かりますが、ナイジェリア人にはそのような人口減少の跡はわずかなものでした。

アフリカ人以外の人類がアフリカを出た「出アフリカ」がその頃と見られますので、それが人口減少にあらわれているのかもしれません。

 

なお、ヤポネシア人の核DNA解析について語られる前に、著者らの研究室で行われた古代人の骨や歯といった遺物からのDNA解析の実際についても記されています。

数万年前の資料からもDNAが抽出され、分析されるということが可能なのかということも驚きですが、やはりその実施には非常な困難があったようです。

骨や歯の内部には細胞組織がありそこにはDNAが存在するのですが、どんどんと分解していき長い年月にはほとんど残らなくなるようです。

しかし稀に非常に保存状態の良いものが残されていることがあり、そういった資料を分析することで結果が出せるそうですが、それでもその解析には技術的な困難も多く難しいもののようです。

ヒトのDNA解析を行う場合には、実験者や周囲の人々の細胞が紛れ込む危険性も強く、実験環境の整備や技術向上が必須だそうです。

たまたま、国立極地研との共同研究で優れた実験室を作るということがあり、そこを利用して実験が可能となったとか。

そこでまず、東北地方の三貫地貝塚という遺跡から出土した縄文時代の歯の遺物から核DNAを抽出、解析を行ったということを皮切りに各地で得られた資料の分析を続けたそうです。

 

ヤポネシア人の起源と形成については、明治以降さまざまな学説が出されましたが、それを特徴づければ、置換説(いくつかの別種族が繰り返し渡来した)、変形説(一つの種族が時代により進化をして特徴を変えていった)、そしてその二説の中間として混血説(別種族が混血を繰り返した)と言うことができます。

 

解析結果はあまりにも厖大なものであり簡単に紹介するということも難しいのですが、印象深い点だけ書き留めておきます。

 

アイヌ人、オキナワ人は同一とは言えないものの似通った点が多く、縄文人の遺伝子が残っているものと見られます。

ただし、その遺伝子の特徴は世界各地の他のグループとの関係が不明であり、非常に古い時代に他のグループから分離したグループの可能性もあるようです。

つまり、出アフリカ後の極めて古い時代に分離したグループがそのまま日本まで到達したのかもしれません。

 

ヤマト人はその後おそらく大陸や半島方面から入ってきた稲作農耕民であるものと言えます。

ただし、細かく見ると北九州から関東地方までの中心地に居た人々と、やや外れた地域(山陰、四国、東北)に居た人々とは、同じヤマト人ではあるものの細かく見れば若干の違いがあるようです。

どうやら、渡来した時期の少しの違いで人々のグループも少しの違いがあるようです。

 

なお、最後の章ではこれまで多くの実験結果が得られている、ミトコンドリアDNAとY染色体DNAの解析によるハプロタイプについても触れられています。

これらは、ミトコンドリアが母系、Y染色体が父系の遺伝子であるために、男女の移動性向の差が出るという解釈もされていましたが、核DNAの厖大なデータと比べると非常に少ない遺伝子であるために、そちらの特徴が出ただけだという解釈のようです。

 

遺伝子解析による人類学という、ワクワクさせられるような分野の研究の進行をそばで見ているかのような臨場感で見せてくれるといった読後感の本と感じました。

 

核DNA解析でたどる 日本人の源流

核DNA解析でたどる 日本人の源流