爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ベルギーの歴史を知るための50章」松尾秀哉編著

フランスやオランダに周囲を囲まれたベルギー、その現在も良くは知りませんが、歴史と言うとほとんど分かりません。

本書を読んでもほとんど初めてのことばかりでした。

まず「ベルギー王国」だということも何となくしか分かりません。

さらに北方のフランデレンと南部のワロニーは言語も違うということで古くから問題を抱えてきたようです。

最近では大きなテロ事件も起こりました。これも政治情勢や社会状況などが関係しているそうです。

 

古代から中世にかけて、ローマ帝国フランク王国神聖ローマ帝国と周囲の巨大帝国の活動にあおりを受けてきたのがこの地域でした。

さらにオランダとの確執、フランス革命の影響、そしてナポレオン後のウィーン会議でのオランダによる併合が続きます。

しかしネーデルランド(オランダ)は19世紀初頭に経済不況に陥り、それがベルギー独立の要因となります。

 

ベルギーは1830年10月に独立宣言を行いました。

ただし国際社会の対応は不透明でしばらくの間は不安定な状態でした。

ネーデルランドの国王ウィレム1世はベルギーの独立に否定的で、五大国のロシア・オーストリアプロイセンもウィレムに好意的でした。

しかしその各国に国内情勢の不穏化が起きたため、ベルギー問題の解決はイギリスとフランスに任せられることとなります。

イギリスのパーマストン、フランスのタレーランは自らの思惑もあり、ベルギーを独立させさらに中立国として緩衝国化することを進めます。

なお、ベルギー国民は共和国化を望んだものの、当時の情勢としては君主制が選ばれ、誰を君主とするかで列強の思惑もぶつかります。

オランダのウィレム1世の息子やナポレオンの親戚、フランス王の息子などを候補として挙げられる中、ドイツのザクセンコーブルク家のレオポルトが国王となります。

 

そのような国王を頂く立憲君主制ですが、他の国とは少し様子が異なり、国王がある程度外交や安全保障の主導権を持ち、大臣任命権も持つという「奇妙」な制度が取られており、その後の歴史の中でも様々な問題が起きます。

 

なお、うっかりしていたことですが、青い鳥のメーテルリンクサキソフォンを発明したアドルフ・サックスもベルギーの出身だそうです。

 

ベルギーでは北方のオランダ語圏、南方のフランス語圏がそれぞれに分裂の方向性を抱えたまま一つの国となっていますが、実はそれ以外にドイツよりにはザンクト・ヴィートというドイツ語圏も抱えています。

これは第1次世界大戦後のベルサイユ条約でドイツからベルギーに割譲されたものです。

これまでのところドイツ語圏が自治拡大や分離独立を言い出したことはないようですが、今後の火種になりかねないということです。

 

二回の世界大戦でもベルギーは戦場となり、そこでの行動が問題となることもありました。

戦後も複雑な国内事情を抱えたままですが、なんとか統一を守っています。

日本に住んでいてはなかなか想像できないような状況なのでしょう。