爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「算数文章題が解けない子どもたち」今井むつみ他著

有名校進学の熱が加速する中、一方では落ちこぼれと言われる子どもたちが多く発生しています。

著者の今井さんたちは教育学者としてその問題と取り組んできましたが、広島の県教委からの依頼で小学校低学年の子どもたちの学習のつまづきの原因がどこにあるのかを明らかにすることを検討しました。

そのために、「ことばのたつじん」と「かんがえるたつじん」という2つのテストを作り、それを実施してその結果を解析するというプロジェクトを行いました。

これらのテストでは受けた子どもたちがどこで間違えるか、そしてその間違え方はどういったものかということを解析できるようになっており、実際に出た結果からも様々な要因が見えてきました。

 

「学力」と言いますが、それがどういったものかということは非常に複雑なものであり、なかなかとらえることが難しいものです。

国学力テストなどというものがありますが、それが本当の「学力」を測るものとは程遠いということは明白です。

それをできるだけ明らかにできるように構成されたのがその2つのテストでした。

 

「ことばのたつじん」は言語力のアセスメント、そして「かんがえるたつじん」は算数能力を通して思考能力を見ることができるように設計されました。

そしてその結果も単に〇か✖かをつけるだけではなく、どのように間違えたかということを解析しその子どもがなぜそのように間違えるのかということを明らかにできるようにしています。

そしてそれを見ることでその是正が可能となることになります。

 

その組み立ては非常に精緻なものであり、とても簡単にまとめるなどということはできませんので、もしも興味のある方は本書を読んでいただいた方が間違いないと思います。

そんなわけで、特に印象的なところだけ紹介しておきます。

 

子どもたちの学習のつまづきの要因は、多くの場合スキーマという思い込みからできてしまうようです。

スキーマとは人が経験から一般化、抽象化した枠組み知識のことですが、ごく初期の学習の体験の中でも子どもたちはそれを作ってしまいます。

算数の場合、「すべての数はモノに対応した自然数である」というスキーマを持ってしまう子が多く、それが分数や小数の理解を妨げます。

1という数字が「一番目のモノ」という観念でしか考えられないようになってしまうと、分数は「全体を1として」考えるといったことが受け入れられなくなってしまい、その結果分数や小数の計算ができなくなります。

このようなスキーマを持っていることが分かればそれを是正する指導もできる可能性があります。

それを考えずにただ問題の答えに✖をつけるだけでは、子どもも何がいけないのか理解できません。

 

言語力の中では、「空間」と「時間」に関する言葉が子どもたちにとっては難関となっています。

「右」とはどっちですか、「上」とはどっちですかと問われれば指をさすことはできます。

しかしそれを問題にしてしかも図の中の人物にとっての右や上はどちらかを問うとなかなか答えることができません。

その図の中の人物に自分を重ね合わせるということが子どもにとっては難しいことなのです。

時間については「前」「後」というのが曲者です。

空間的には前は顔の向いている方向、後はその逆という感覚ですが、それでは時間的に見た前とはどちらか。

感覚的には未来が前にあるというイメージですが、「一週間前」は未来ではなく過去、「一週間後」が未来です。

このイメージの逆転というのは子どもが理解しづらいことのようで、間違えることが多いようです。

これは子どもに限らず外国人の日本語履修の場合にも問題となることのようです。

 

このような空間や時間の言葉の運用という能力は「学力」と密接に関わっているということがこのテストの結果と他の学力テストなどの結果を統計分析することで分かってきました。

学力と言語力との関係が深いということは一般に考えられていることですが、その言語力とは普通は語彙の深さと広さが意識されることが多いのですが、実際には空間・時間の認識との関係が深かったようです。

 

なお、このテストの結果の解析にあたっては、親に対して実施したアンケート調査の結果も含めて行われました。

その結果、テストの成績の良かった子どもの家庭環境としては、幼い頃から本の読み聞かせをするとともに、家の中に本がたくさんあること、ひらがなや数字への興味が自発的に出てくるような環境であることだったそうです。

特に読書環境というものはその後の学習成績に深く関わっていました。

なお、「家庭での学習準備」「教員への信頼」「英語学習への希望」「一緒の外出」「栽培飼育経験」などはあまりテスト成績との相関は無かったそうです。

 

文科省の実施する全国学力テストなどは学力の測定には何の役にも立っていないという本は読んだことがありますが、学力というものに対して真剣に取り組んだプロジェクトがあったということでしょう。

 

私もかつて家庭教師として子どもの勉強を見た経験がありますが、できない子は本当にできないということがありました。

その子がなぜできないのかをいろいろと考えましたが、この本の知識があればかなりやりやすかったかもしれません。