親がいて子が生まれるということは昔から分かっていたことでしょうが、子どもはどうも親に似ているといったことから遺伝ということが考えられました。
しかしその遺伝というものがどのように作用しているか、これは難題でした。
多くの科学者がその難題に挑み、そして徐々に解明されて現代に至ります。
こういった「遺伝学の歴史」について、科学的な解説だけにとどまらず、それを担った人々の人生や生活などといったところにまで話を広げ、遺伝学というものに対して読者により深く印象付けようとしています。
同じような研究を近くでしていながら、二人の仲があまり良くなかったため共同でできなかったとか、遺伝研究もさることながらチェロを弾くのが趣味だったとか、まあ本題だけで頭に入れば不要な情報ですが、より効果的に見えます。
ただし、読み終わってしまえばそのチェロを弾いていた人の業績が何だったのか覚えていませんが。
私も一応微生物で仕事をしていたこともあり、遺伝学も少しは知っているつもりでしたが、この本に出てくる重要なポイントとなる研究をしていた人物の名前をほとんど知らないことにはがっくりです。
その多くの人はノーベル賞も受賞しているのですが。
それでもその成果というものは聞いたことがあり、どこが重要かということも分かります。
ただし、詳細な知識とはなっていなかったということでしょう。
本書は序章に「メンデル以前」とありますが、本格的にスタートするのはやはりメンデルと遺伝の法則の誕生というところからです。
グレゴール・ヨハン・メンデルは1822年生まれ、神童と言われたものの親が貧しい農民だったので聖職者となり修道院に入ります。
しかし当時の修道院は単なる宗教施設ではなくその地域の学術や文化の中心でした。
そこで機会を捉えて植物の実験をしました。
エンドウを使い周到に準備をした実験系を組み立て、顕性(優性)の法則、分離の法則、独立の法則という遺伝の三法則を見出します。
これを論文としたのですが、当時の学会にはその価値を見出すことができる人はおらず、そのまま再発見されるまで眠ることとなります。
ただし、社会的にも不遇だったかというとそうではなく、その後修道院の院長となり地方の名士として過ごしたそうです。
しかしここからすぐに遺伝学が始まるということではなく、まず遺伝の本体は何かということを見出さねばなりません。
それが染色体であることを見出したのがトーマス・ハント・モーガンで、アメリカのコロンビア大学、のちにカリフォルニア工科大学で生物学研究の拠点を作り、モーガン学派と言われる勢力となりました。
遺伝子が染色体上に存在し、決まった配置と距離を保っていることを明らかにしていきました。
しかし遺伝子がそれほど固定した静的な存在ではないということを、バーバラ・マクリントックが明らかにします。
まだ女性の大学進学がほとんど認められていない時代に、コーネル大学のみ女性に開かれていたためそこで研究を始めました。
トウモロコシを研究対象とし、遺伝子の交差が起こることを示しました。
ジョージ・ビードルらにより、遺伝子と生化学とのつながりが見いだされていきます。
一つの遺伝子は一つの酵素に対応するということが明らかにされ、生化学遺伝学という新しい生物学の分野が作られていきます。
染色体が遺伝の基盤であることは分かっても、その本体が何かということは長く不明でした。
染色体はDNAとタンパク質からできているということが分かっても、DNAが遺伝子本体だとはなかなか決められませんでした。
あまりにも構造が単純だったため、そのような重要な作用があるということが信じられなかったのでしょう。
フェアバス・レヴィ―ンはDNAやRNAの構造を明らかにするという業績をあげたのですが、それが簡単すぎる構造であるとして、「テトラヌクレオチド仮説」というものを提唱し、遺伝子の本体はタンパク質であるとしました。
これは間違いだったのですが、有力な研究者だったレヴィ―ンの説ということで、DNA本体説が遅れてしまった結果になりました。
それでアヴェリーがノーベル賞受賞を逃してしまったそうです。
DNAの構造決定、そして二重らせんの発見といったところは他でも有名な話ですが、関係者が多くの本を書いており、様々な印象が並立しています。
ロザリンド・フランクリン、モーリス・ウィルキンズがX線構造解析で、ジェームズ・ワトソンとフランシス・クリックが理論的決定をしました。
ワトソン、クリック、ウィルキンズは1962年にノーベル賞を受賞しましたが、フランクリンは37歳でガンで他界したために受賞はならなかったそうです。
DNAからタンパクを合成する遺伝暗号解読までは古典的分子遺伝学だったそうです。
しかし1970年代に分子遺伝学の成果により組み換えDNA技術が開発されると関連する多くの学会からも研究者が参入し、その後の遺伝学はとても包括的に記述することは困難なようです。
多くの分野で多数の研究者が研究を進めており、その成果も華々しいものとなっています。
現在は特にゲノム編集という分野が脚光を浴びていますが、そればかりでなく他にも可能性は多いということでしょう。