爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「歴史の鑑定人」ネイサン・ラーブ著

日本でも骨董商とか古美術商といった人たちが「鑑定」ということを行なっていますが、アメリカでもそういった需要があるようで、この本の著者のラーブさんは「史料文書鑑定家」であり、その売買も行なっていてその業界ではアメリカでもトップクラスだということです。

そのラーブさんがこの仕事を始めた頃のことや、これまでの経験で思い出深い話などをまとめた本です。

 

この職業を始めたのは、著者のネイサン・ラーブ氏の父親、スティーブン・ラーブ氏であり、スティーブンは元は弁護士だったそうですが、こういった歴史上の文物について興味がありそれを職業としてしまいました。

ネイサンは父と共に仕事をするつもりはなく、ヨーロッパへ向かってそちらで職に就いた経験もあるものの、結局は父親の仕事に参加することになりました。

父親ともども、歴史上の事実などを非常に詳しく調べることに非常に強く惹かれ、また幅広く調査する能力と技術に長けていたために業績は上がりアメリカ国内でも有数となるまでになったそうです。

 

骨董といえば日本では焼き物や掛け軸、絵画なども広く扱いますが、どうやら彼らの主な得意分野は署名入りの手紙や文書などで、特に歴史上の有名人物のものには高い値段が付くようです。

とはいえ、政治家などでは大量の手紙を書いていたということがあり、単なる事務文書では本物の署名入りのものでもそれほど大した金額にはなりません。

しかし歴史的な事件やそこに直接関わった手紙などの場合には非常に高額となることもあります。

 

アメリカ合衆国初期の大統領ともなったジェファーソンが「書籍の購入を依頼する」手紙というものが出てきました。

どうやら本文の筆跡は自分のものではなく、署名だけは本物のようです。

単なる事務的な手紙であればそれほどの値段ではないのですが、その背景を調べていくと大変な事が明らかになりました。

アメリカの議会図書館は現在では大規模なものとなっていますが、1800年にアダムズ大統領が創設し、1801年にジェファーソンが大統領に就任した時にはほとんど蔵書もなくみすぼらしいものだったそうです。

そのためにヨーロッパにいた代理人にあてて書いたのがこの手紙で、それが「米国議会図書館の最初の蔵書大量購入」であったということが分かり、手紙の価値も非常に高くなったということです。

 

しかしこのような歴史的な文書には、当然のように付き物の「贋作」の危険性があります。

ラーブ氏のような職業では贋作を見分ける能力というものが必須であり、失敗すればとんでもない損失を被ることもあります。

そのためにも父と共に仕事をするようになった頃には父親から真贋の見分け方には十分な訓練を施されたそうです。

レターヘッドを指でなぞって確認する。古いものは盛り上がっているがコピーはそうではない。

裏返してみてインクの状態が均一ならコピー。普通は薄くなったり濃くなったりする。

等々、まあすべてを明らかにはしていないのでしょうが、かなりの知識がありそうです。

 

ラーブ社に文書の販売のために訪れる人も多いのですが、本人は真正品と信じて持ち込んできても贋作と判った時に断るのが気の毒な人もいるようです。

その品を売ってようやく孫を大学に行かせられると思ってきた老女に告げなければならないのは仕方ないこととはいえ気が重いようです。

 

19世紀の女性人権活動家、スーザン・アンソニーの手紙はその人物を考えさせる意味でも印象深いものだったようです。

すでに老境に入り1905年当時に全米女性参政権教会の名誉会長だったスーザン・アンソニーに、著者と同じ職業の「署名入り文書のコレクション販売業」のハイトミュラーという人物が著名人の署名入り文書のコレクションの購入を持ち掛ける手紙を出しました。

その返事の手紙がラーブ氏の手元に来たのですが、スーザンさんは怒りを込めた文章を書いていました。

そのコレクションに収められた「著名人」たちは「すべて男性」だったのです。

19世紀でもすでに女性の人権活動家などは多数活躍していたにもかかわらず。

そういった「すべて男性」の社会を変えるために闘い続けてきた人に対し、あまりにも無神経な購入の誘いの手紙であったということです。

 

なかなか興味深いエピソードが次々と現われ、面白く読めました。