爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

肥料についてあれこれ。

ロシアのウクライナ侵攻に対する欧米各国の経済制裁により、肥料価格が高騰しているということです。

ロシアは肥料の輸出国であり、また各国の肥料製造に必要な石油や天然ガスもロシアからの輸出が多いということで、それが止まれば肥料の必要量が満たせないということでしょう。

 

www.nikkei.com

 

こういうことでもなければ肥料の有難味などなかなか実感できることがないのでしょうが、それが食料生産というものの大きな基盤であるということがあらためて分かったことになります。

何とか事態が無事に収まれば「良い教訓となった」となりますが、まだ予断を許さない情勢のようです。

 

肥料の三大成分といえば、窒素・リン酸・カリだということは誰でもおぼろげながらも知っていることだと思います。

窒素は植物の生育に、リン酸は開花結実を促し、カリは根の生育を促すということです。

他にも2次成分としてカルシウム・マグネシウム・イオウ、微量成分としてホウ素・マンガン等の元素が必要です。

 

しかしやはり大量に必要なのは三大成分ということになります。

リン酸とカリは鉱石として鉱山で採掘されています。

ただしこの埋蔵地は偏在しており、リン酸は中国・モロッコ・エジプトに集中しています。

またカリはカナダとベラルーシに多いようです。

いずれも埋蔵量を使用量で割った可採年数は約240年ということです。

https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_hiryo/attach/pdf/index-7.pdf

 

問題は窒素で、これは現在は石油を原料としたり、ハーバーボッシュ法による合成法での製造が主体です。

このため原油生産の多いロシアは窒素肥料製造にも有利ということなのでしょう。

 

この肥料値上がりが起こるまでは、化学肥料というのは非常に安価というイメージでした。

しかも品切れの恐れも無くいくらでも買えるかのように感じられるものでした。

しかし肥料というものはいつもふんだんに供給されるというのは近代に入ってからのことです。

化学肥料の生産が大工場で行われるようになって初めて獲得された状況でした。

 

明治までの日本では肥料不足による農作物の生育不良が常に起きていました。

江戸時代の江戸の町では民家の排泄物を農家が買いに来るということが行われていたそうです。

地方の生産地でも下肥の利用は常に行われていたのですが、量は圧倒的に不足していました。

それも当然で、ほとんどの生産物は年貢として奪取され江戸や大坂に運ばれていたのですから、肥料分の循環などできるはずもありません。

それを補うために里山の草葉を集めて堆肥化するということが行われたのですが、その場所もどんどんとなくなっていきました。

イワシやニシンなどの干鰯使用も進みましたがそれで解消できるはずもありませんでした。

これは海外でも同様の話だったようで、あまりの肥料不足のために墓地から人骨が盗まれて使われたという話もあります。

 

そのような常に肥料不足という状況が工業的に肥料を生産できるようになってようやく解消されたわけです。

それは多方面において石油を用いるということがあって可能となったものでした。

窒素肥料の直接の原料として、またリン・カリの鉱山からの採掘の燃料として、肥料の確保のためには石油の重要性は極めて高いものです。

 

それがロシアのウクライナ侵攻と言う事件で露呈してしまいました。

実は今回の事態が起きる前から、私は「オイルピーク後の石油供給不足」で肥料供給が難しくなり農業生産に影響するのではないかと考えていました。

まだ本格的な石油供給不足は先の話ですが、それの予行演習のような事態が起きたわけです。

 

食糧確保のための農業生産には他にも多くの不安要素があります。

まず耕地の確保。安全という意味では戦乱による耕地荒廃も大きな不安点です。

そして緊急で最大の不安が水の確保。

北米でも地下水の枯渇が言われており世界でも有数の農業生産地が危機に瀕しているのかもしれません。

農薬の生産も減れば病虫害の蔓延による農産の影響も大きなものとなるでしょう。

それらの不安に勝るとも劣らないのが肥料不足です。

ウクライナ紛争では小麦の輸出の障害から世界的な穀物不足となっていますが、農業生産自体の不安も大きいものです。

今はまだ政治的にも不安の大きいアフリカなどの国での飢饉多発にとどまっていますが、これがより拡大していけば政情不安も拡大し内乱や戦争の危機も増えるでしょう。

金のための戦争ならまだ制御も可能ですが、食糧不足のための戦争では殺戮にブレーキがかからない恐れも大きいものとなります。

 

肥料の問題に関心が強いのは、もう40年以上も前になりますが大学での経験によります。

農学部農芸化学科というところの卒業なのですが、4年次の卒論研究は植物栄養研究室というところで行ないました。

卒業してからは会社で醗酵や微生物に関する仕事をしましたので、肥料に関係したのはその1年間だけなのですが、それでも大きな印象を持っています。

まあ原体験といったところでしょうか。

 

なお、化学肥料が不足するから有機肥料でと考える人もいるかもしれませんが、それでは肥料成分が圧倒的に不足します。

植物が生育しその可食部を人間や動物が食べたとしても、それがすべてその農地に返還されるなら循環農業として成立します。

したがって、農産物を食した人間・動物の排泄物はすべてその産地の土壌に戻さなければなりません。

しかし部分的に家畜の排泄物を堆肥化するということはあっても、人糞・尿はほぼすべてが下水処理されています。

これを過不足なく土壌に戻さない限りいずれは肥料不足となるのは当たり前の話です。

 

とりあえずは早くウクライナ紛争が終結し様々な流通が元通りに戻ることが肝要なのですが、それでもやはり構造的な問題は大きいものです。

今の世界は人口が過大です。

それを支えるための肥料供給は必要なのですが、やはりそれ以前の問題が大きすぎるということでしょう。