爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「大英帝国は大食らい」レジー・コリンガム著

16世紀ころから徐々に力を蓄え、パックス・ブリタニカと呼ばれるような世界の覇権をものにした大英帝国は、その経済力、軍事力、政治力を語られることは多いものの、本書のように「飲食物」という点から見たものは珍しいでしょう。

しかし、著者レジー・コリンガムの狙い通り、それがイギリスの世界戦略というものと、それに蹂躙された世界の人々の姿を非常に分かりやすく、臨場感たっぷりに描かれています。

 

一つ一つのエピソードは大英帝国の様々な時代、場所に暮らすほとんどは無名の庶民がその生活の中で食べる食事を描くという手法を用いられていますが、それがその時の食糧事情を実によく描写しています。

さらに、各エピソードの最後にはそこに出ている料理のレシピまで書かれており、しかもそれが実際に作れそうな具体的なものとなっています。

 

それにしても、ヨーロッパの辺境から世界の強国にのし上がっていくために、国内の貧民、植民地の人々などを搾り取り尽くす帝国主義というものがいかに犯罪的であるかということがはっきりと分かります。

 

16世紀以前にはイギリスは食料は海外から調達する能力もなく、すべて自給自足でした。

ヘンリー8世が外国に送り出した軍隊も持って行った食料は国内産のみだったのでしょう。

しかし、近海の漁で獲られた魚から始まり漁場は海外へと広がっていきます。

北海から北アメリカ沿岸へとすすみ、そこで取られたタラは塩蔵されて南米の奴隷用の食糧として取引され、代わりに砂糖などを購入するために使われるようになります。

 

その後、イギリスが国力を増すにつれてイギリス国内の人々は労働者も含めて徐々に食品の質も向上し栄養状態も改善していきます。

しかしそれは中南米の奴隷やアフリカアジアの植民地の人々の食べ物を強奪して手に入れたものだったようです。

 

ケニア国民食とも言われる「イリオ」のレシピが変化している理由もそこにあります。

キクユ族が日常食べる粥状のイリオは、現在ではジャガイモと豆、トウモロコシで作られています。

しかし1960年代以前のそれはプランテーンとンジャヒ(フジマメ)で作るものでした。

ンジャヒは徐々にインゲンやライマメといった、白人によってもたらされた食材に代わっていきました。

さらに南米から渡ってきたトウモロコシの栽培が強制されるようになると、イリオの中身もそれに代わっていきます。

同じような外観に見えますが、これらは栄養的には大きな違いがあります。

ンジャヒには鉄分、カルシウム、ビタミンが多く含まれていますが、トウモロコシはそれらが十分ではありません。

そのために、イリオを主食としていたキクユ族は栄養不良状態に陥っています。

 

第2次大戦中、インド植民地では戦争の影響や災害によって農作物の収穫がひどく落ち込みました。

そのため、植民地政府はアフリカからの食料供給の増加を求めましたが、チャーチルはインドへの輸送を許さずイギリス本土への輸送を優先させました。

その結果、イギリスでは戦闘激化の影響は大きかったものの食料は十分に行き渡りました。

しかしインドではベンガル地方で特に飢饉が激化し300万人以上の人が餓死や栄養失調で死んだそうです。

 

覇権を握っている間には様々なことをやっていたイギリスですが、それを飲食物という観点から見ると、そのイメージがつかみやすく、いかに非人間的な横暴を繰り返していたかということがよく分かります。

まあ、その後のアメリカ、ロシア、中国といった覇権国も似たような、いやそれ以上のことをしているのでしょうが。