爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「分かちあう心の進化」松沢哲郎著

著者の松沢さんは、京都大学霊長類研究所で長くチンパンジーのアイをパートナーとした研究、アイ・プロジェクトを続けていますが、それは「比較認知科学」という学問の一つの方法であり、チンパンジーの心の動きを見ることにより人間の心理というものも分かってくるということです。

 

最初にこれまでの自身の研究成果を3点にまとめられています。

1,チンパンジーには人間より優れた記憶能力が、ある分野では存在する。

 一瞬見ただけのものを記憶する能力は人間よりはるかに優れているそうです。

2,野生のチンパンジーには石器を使う文化がある。

 西アフリカ・ボッソウのチンパンジーは一組の石器を使ってアブラヤシの実を割ってその中の核を食べます。しかし他の地域ではこれは見られずここだけの文化です。

3,チンパンジーの母と子の関与を観察することにより、人間の持つ能力として「想像する力」があることを発見した。

 

他の動物と人間とはいつの頃からか別れて進化してきたのですが、それは身体の進化だけではなく心の進化もあったはずです。

しかし、身体の変化は残された化石から確認することができますが、心の進化はそのような証拠は残っていません。

これを調べるためには、近縁の動物たちを詳しく調べ、その心の動きを掴み、それが人間と似ているのか違っているのかを研究していくということが有効です。

そのために、著者たちはヒト、チンパンジー、ゴリラ、オランウータンというヒト科に属する生物たちを詳しく調査し、さらに他の多くの霊長類も調査してきました。

 

ヒト科には4属があり、ヒト属、チンパンジー属、ゴリラ属、オランウータン属です。

この4属の生物の共通の祖先はおよそ1200万年前に分かれ始めました。

最初に分かれたのはオランウータン、そしてゴリラが約800万年前に分れ、最後にチンパンジーとヒトとが分かれたのが500万年から700万年前のことでした。

ヒト属には多くの原人や旧人が居たのですが、ネアンデルタール人が最後に絶滅してしまい、現在ではヒト属はヒトだけとなっています。

したがって、進化の隣人として最も近いのはチンパンジーだということになります。

 

2000年、アイが23歳の時に息子のアユムを産んでお母さんになりました。

他のチンパンジーなどの研究グループでは、子どもを母親から離して人間が育てることが多かったのですが、ここではチンパンジーの子どもを育てる権利を重視し、アイがアユムを育てるという行為を側から観察するという手法を守ります。

そのために分ったことも多かったようです。

 

ヒト科4属の子育てを見ていくと、似ているところも違うところもあります。

オランウータンは完全に母子2人だけで子育てをします。

そのためか、出産間隔が非常に長く7-8年に一度しか子供を産みません。

ゴリラはシルバーバックと呼ばれる強いオスがハーレムを作り数人のメスと子供を引き連れています。

チンパンジーは40から50人ほどの社会を作り生活します。

その中には夫婦や家族といった単位が見当たりません。

決まった男女のペアというものも無く、誰が子供の父親かということも問題にしません。

子育ても生んだ母親だけで行ないます。

ヒトの場合は親が通常夫婦となり子育ても共同、さらに祖父母や叔父叔母、近所の人々まで多くの人間が子育てに関与します。

このような「共同養育」というのが人間の子育ての特徴と言えます。

 

「相手の心を理解する」

これはヒトだけにある心の動きであり、チンパンジーでもほとんど持っていません。

これは生まれた時からの知性の発達で4段階の進み方をします。

最初は生まれてすぐの仰向けに置かれた状態で、親子の間の相互作用が始まります。

子供は生まれてすぐから微笑む働きがありますが、それを見て親も微笑みます。

第2段階では、親子の行動が同期するようになります。

親子の間で声を掛け合い声のやり取りをするようになります。

第3段階では模倣を始めます。

猿真似ということを言いますが、サルは模倣はしません。

真似るということをできるのは人間だけです。

行動を真似ることで、その奥の心理を想像することもできるようになります。

そこで、第4段階の「相手の心を理解する」に進むわけです。

 

そこから、人間特有の心理として「仲間とかかわる知性」というものが生まれてきます。

チンパンジーでも「相手に手を差し伸べる」ということがあります。

子供が3歳くらいになると樹上生活で木から木へ移る際に母親が手を差し伸べて橋のようになって子供を渡すということがあります。

このような「利他性」というものは他の生物には見られません。

しかし、チンパンジーでもこれは部分的に見られるのみです。

ところが、人間ではこの利他性という行動が頻繁に見られます。

これが人間という生物の心理を特徴づけるもののようです。

 

チンパンジーが石器を使う文化を持っているということですが、それを詳しく観察していくと、教育法も分かります。

実はチンパンジーは年長者がそれを使っていても年少者などに教えるということはしません。

若いチンパンジーはそれを見て覚えるのです。

ここにも人間の心理の特徴が見えます。

それは「教える」ということです。

教える、見守る、手を添える、こういった行動は人間だけが行います。

 

このような心の進化ということを考えていけば、人間とは何かが分かってくるということでした。