爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「人間の本質にせまる科学 自然人類学の挑戦」井原康雄、梅崎昌裕、米田穫編

人類学といえば日本では「文化人類学」の方が盛んなのですが、自然人類学も広い範囲の学問領域であり、研究が進められています。

この本は、その自然人類学の概要をとらえることができるように、各分野の専門家がそれぞれの領域をコンパクトに解説し、その結果自然人類学全体の像を見ることが可能となっています。

 

扱われている内容は、「人類進化の歩み」「ヒトのゲノム科学」「生きているヒト」「文化と人間ー文理の境界領域」という風にまとめられ、それぞれ解説されています。

 

なお、非常に専門的な研究の進め方の解説を書かれている部分もあり、慣れない人には訳の分からない感じもありますが、総体的には部外者でも内容がつかめるように書かれていると思います。

 

「人類進化の歩み」の部分では、ヒト以外の霊長類の説明から、猿人について、ホモ属の繁栄、そして旧人ネアンデルタールの盛衰と、いった内容です。

ネアンデルタールホモサピエンスの交替劇というのは一般でも興味のもたれるところでしょう。

現代人の多様性のパラドックスという話題もわかりやすいものです。

例えばチンパンジーなどはどれを見てもそれほど違いが感じられませんが、ヒトは外観がかなり変化に富んでいるようです。

しかし、DNAの解析が進んで多くの人の遺伝子が判ってくると、外見ではかなり違って見える人同士でも遺伝子はほとんど一緒ということが証明されました。

どうやら、人の外観上の相違というのは遺伝子の変化によるものではなく、居住条件(気温、日照、等々)の違いによってできたもののようです。

 

「ヒトのゲノム科学」の分野は最近でもどんどんと研究が進んでいるところで、新たな知見が次々と得られています。

遺伝子解析が進むことによって、ヒトの集団ごとの遺伝的な多様性というものも明らかになってきました。

それによると、アフリカの集団では多様性が高く、その他の集団ではそれと比べて均一であるということが判ってきました。

つまり、ホモサピエンスはアフリカで誕生し、そのごく一部が出アフリカをしてその後全世界で爆発的に増えたということがそこからも証明できるわけです。

 

「生きているヒト」の項では、直立歩行を可能とした人体構造についてや、ヒトが持つ多様な色覚の由来も説明されています。

腸内細菌の働きというものも急激に研究が広がっている範囲ですが、そこに関係してパプアニューギニアの人々が非常に低いタンパク質含量の食物に対応している状況を明らかにした研究が紹介されています。

パプアニューギニアの高地に住む人々の食物はほとんどがサツマイモであり、総エネルギーの70%以上がそれから摂られ動物性たんぱく質の摂取はほとんどありません。

通常は1日あたり50g程度のタンパク摂取が必要なのですが、彼らの食生活では20gにも達しません。

しかし医学的な調査をしてもタンパク質欠乏の兆候がほとんど見られないそうです。

その地域にサツマイモが導入される以前は、狩猟採集である程度の動物性たんぱくを摂っていたのですが、300年ほど前にサツマイモが導入されてこうなりました。

この短期間で、遺伝子が変異し低タンパク食適応ができるようになったとは考えられません。

これは、彼らの腸内細菌が低タンパクに対応し細菌がアミノ酸を作り出すような構成に変化したのではないかと考えられています。

 

最後の「文化と人間」の項では、文化人類学と自然人類学の境界で言語の起源や進化、考古学との関わりなどが説明されています。

なお、ここでは「人種と人種差別」という話題についても解説されていますが、科学的観点から見ると人類には「人種」の差と言うものはほとんど見られないと言うことです。

科学の勃興期から、見た目の差が大きいために「人種差」も歴然とあるかのように考えられ、それが人種差別にもつながってきたのですが、それはほとんど意味を持たないということが判ってきました。

しかし、どの民族をとっても人種差別というものが存在しており、日本でもかなり大きな問題が存在しています。

 

自然人類学というものは、広い範囲を扱うものですがまだ分かっていない問題もかなり多く、今後も多くの研究が必要となるのでしょう。

自分がもしも若い学生なら、選んでも良い分野だと思ったかもしれません。