人類とエネルギーとの関わり
(1)エネルギーの本質
(2)人類がエネルギーを使うということ
(3)人類のエネルギーの使い方
(4)エネルギーを評価する方法、EPR、EPT
(4-1)EPRの根本的問題点
(4-2)EPRの実施上問題点
(5)エネルギーをめぐる問題
(5-1)化石燃料の枯渇
(5-2)二酸化炭素
(6)結局、エネルギーに依存した現代文明は変わらなければならない
(3)人類のエネルギーの使い方
現在人類が使っているエネルギーのほとんどは太陽からの放射エネルギーですが、それの存在形態がそれぞれ異なり、それを利用するための操作も異なります。
あまり「エネルギーを使っている」感覚はないと思いますが、植物が光合成で固定した太陽エネルギーを食物として食べたり、薪として燃やして暖を取るというのもそれに当たります。
また、家畜を使うこと、つまり馬に乗ったり牛を農耕に使うというのも間接的ながら太陽エネルギーを家畜を通して運動エネルギーに変換して使うことになります。
水力や風力を水車・風車として使うというのも伝統的に太陽エネルギーが変換された風や水を使う方法でした。
化石燃料エネルギーである石炭や石油を使い始めたのが、人類がエネルギーに依存する文明を選択した最初でしょうが、まずは石炭を燃やしそれで蒸気を発生させその圧力を用いる蒸気機関が産業革命の端緒でした。
さらに石油を用いる内燃機関の発明によって、蒸気機関より格段に性能の良いエンジンを用いる自動車、飛行機等が発達しました。
これらの移動機関を見れば、石油類の燃料としての性能が抜群であることは分かるでしょう。
「燃料タンク」というものに燃料を入れてもそれほど機体の大部分を占めるわけでもなく、乗客スペースや貨物搭載を十分に取ることができます。
これが「携帯可能なエネルギー源」としての面目躍如であると言えるでしょう。
さらに、電力と言うエネルギー、これは熱エネルギーから運動エネルギーを経て変換されていますが、その利用と言うものが現代文明の大きな特色となりました。
電力は大雑把に言って同じものですがその利用法によって、熱エネルギー、磁力を使った運動エネルギー、光エネルギーなどに変換が可能であり、それを用いて様々な文明の利器を生み出すことができました。
ただし、電力の弱点と言うべきでしょうが、これらの様々な使用法に対して必ず変換時のロスが出てきてしまい、効率が低下するという問題点があります。
また、電線を用いてつないでいる分には良いのですが、離れてしまうともはや同時に使うことができません。
蓄電と言う操作が必要になりますが、蓄電池の性能は化学的な限界があり一足飛びに性能が向上するということはありません。
この「ポータブルにできない」という点が移動機関のエネルギー源として電力を用いることの欠点となっています。
(4)エネルギーを評価する方法、EPR、EPT
エネルギーの利用形態というものは数々あるのですが、その評価を行うということが重要な意味を持ちます。
その方法として、EPR(Energy Profit Ratio)やEPT(Energy Payback Time)といった指標が用いられます。
https://unit.aist.go.jp/rcpv/ci/about_pv/supplement/EPTdefinition.html
表現方法は違いますが、結局のところはそのエネルギー変換装置の構築に費やしたエネルギーをそれをどれほど作動させることで取り戻すことができるかということを表します。
EPRは入力エネルギーを総計したものでその装置から生まれる出力エネルギーの総量を除し、その比率を取るというもので、つまりこれが高ければ高いほどその装置の効率が高いということになります。
また、EPTはその装置の建設に費やす入力エネルギーを、出力エネルギーの運転時間のどれほどで取り戻すことができるかということを時間で表すというものです。
(4-1)EPRの根本的問題点
この数値の例を、もったいない学会元会長の東大名誉教授石井吉徳さんのサイトから引用させていただきます。
この数値が高いほどエネルギー源として優れており、かつての良質な石油などは100近く、最近の自然エネルギーと言われるものは10以下でものによっては1に届かない(エネルギー源として役に立たない)という説明がされていました。
この点について、最近になり疑問を持つようになりました。
石油や石炭、天然ガスなどは、「エネルギー物質」としてのEPRの数値があげられているのに、太陽光発電、風力発電は「エネルギー装置」としてのEPRが示されています。
これを同じように評価するには、「石油や石炭」ではなく「石油や石炭を使う火力発電」というもので評価し比較しなければならないのでは。
すると、上記の産総研のレポートの中には次のような記載がありました。
一方、枯渇性エネルギー源(化石燃料による火力発電や原子力発電など)では多くの場合、運転(発電)用の燃料(原油・石炭・天然ガス・ウランなど)は除外して計算されます。枯渇性エネルギー源において運転用の燃料まで考慮した場合、EPTは定義不能(もしくは負の値)、EPRも1未満(もしくは負)となります(これは枯渇性エネルギー源が持続的でないことを表します)。
つまり、投入エネルギーを計算に入れてしまうと出力として得られるエネルギーはそれより低くなり計算不能となるということです。
これは、確かにそういうことなのですが、では太陽光発電はどうなのでしょう。
あまりにも薄いエネルギーである太陽光を計算に入れても問題ないということなのでしょうが、「エネルギー変換装置」に過ぎないものであることはどちらも同様です。
化石燃料 ---------------------→電力
A1 火力発電所 E1
太陽光 --------------------→電力
A2 太陽光発電所 E2
このようにやっていることは同じです。
太陽光発電のEPRとして計算されているのは、入力の太陽光エネルギーは無視して太陽光発電装置の建設エネルギーを得られる電力と対比させているだけです。
同様にするべき、火力発電所の建設エネルギーを得られる電力との対比計算はされることがありません。
同じような指標と言いながら、こういった矛盾を含む評価をしています。
太陽光と言う自然エネルギーは無料で降り注いでくるから計算しなくて良いと言わんばかりの態度と言えます。
これを比較可能な数値にしてみるとどうでしょうか。
(もちろん実際の数値を出すのは大変な作業ですので、仮の数字を入れるだけとします。)
石油火力発電所の建設等所要エネルギーを P1=1億J(ジュール)
この発電所の運転期間を50年とし、その間の投入石油エネルギーを A1=10兆J
得られる電力を E1=6兆J
とします。
太陽光発電の建設等所要エネルギーは P2=1億J (火力と一緒にしておきます)
運転期間はせいぜい20年なんですが、一応合わせて50年とし、その間の降り注ぐ太陽エネルギーを A2=100億J (石油よりかなり低い値であることは確かです)
得られる電力は E2=10億J
これを、従来の考え方のEPR計算で行うと、
太陽光EPR= E2/A2 = 10億/1億 =10
となります。
ところが、すべての入力エネルギーを計算に入れると、
太陽光EPR(改) = E2/(P2+A2)= 10億/ (1億+100億) ≒ 0.1となってしまいます。
一方、石油火力発電はどうかと言えば、
石油火力(改) = E1/(P1+A1) =6兆/(1億+10兆) ≒ 0.6
このように、EPRが1を割り込む(エネルギー設備として成り立たない)のは同様ですが、ほぼ変換効率に近い値となります。
結局、どうやらこういった発電設備(=エネルギー変換設備)の評価にはEPRは欠点があるようです。
なお、太陽光発電のように、「入力は考えずに出力と装置製造エネルギーのみを考える」という方式がもしも成り立つとするなら、それで石油火力発電を試算してみると次のようになります。
(上記の仮の数値を使用)
石油火力発電EPR(燃料エネルギーは無視)= E1/P1 =6兆J/1億J = 60000
実に、EPR6万と言うとんでもない値となります。
いかに、太陽光発電でのEPR計算で太陽光の入力エネルギーを考えないというのが成り立たないかということを示しています。
(つづく)