「海賊」といえば一番イメージしやすいのは「カリブの海賊」といったところかもしれませんが、副題にあるように歴史の最初から最後まで、つまりいつでも海賊というものはあちこちに出没していたようです。
文明というものが興ると人や物資の移動が盛んとなりましたが、その大きな手段は海運でした。
そうなれば、その途中で頂いてしまおうという考えが出てくるのも当然かもしれません。
それを放っておいては流通が滞りますので、正統政権側はできるだけ取り締まろうとするのも、何時でも同様でした。しかし、なかなか難しかったようです。
本書は、その中でも西洋史として扱われた範囲を主とした記述となっています。倭寇などの東アジア海賊については触れられなかったとまえがきに「お詫び」が書いてありました。
紀元前5世紀のギリシアの歴史家ヘロドトスが著した「歴史」にはサモス島の支配者ポリュクラテスについての記述があります。
このポリュクラテスなる人物はまさに「海賊王」と呼ぶにふさわしいものです。
歴史の始祖とも言えるヘロドトスと同じ時期にすでに海賊の始祖も出現していたわけです。
古代ローマは宿敵カルタゴと地中海の覇権をめぐって争い、ポエニ戦争に勝利しました。しかし、そこで得られたものはあくまでも「西地中海」だけの覇権であり、東地中海には手がつけられませんでした。
そこには、「キリキア海賊」と呼ばれる連中が跋扈しており、そこを通る商船を略奪するだけでなく、周辺の国々を略奪し放題だったようです。
カエサルも一時その海賊に捕われ、身代金を要求されたそうです。
それらの海賊を一掃できたのはローマがさらに強大になってからのことでした。
ローマ帝国が衰亡し、西ローマが滅亡すると、再び地中海は海賊が再興します。
その最初は、ゲルマン民族の移動により地中海にやってきたヴァンダル族でしたが、その後イスラム教の興隆に伴い広がってきたムスリム海賊になります。
ちょうどその頃には北ヨーロッパではヴァイキングの活動が活発となり、各地がその襲来を受けました。
14世紀にオスマン・トルコが強大となり、さらにヨーロッパではスペインがレコンキスタに成功してイベリア半島を取り戻すと、その間に挟まれた地中海では両国の争いの隙間で海賊の活動も激しくなります。
海賊の首領を雇ってそれぞれの帝国総督とするなどということも行われたために、北アフリカは海賊国家が乱立する状況となります。
彼らは商船を襲うとともに、南イタリアなどの町を襲い、略奪するとともに住民を拉致し奴隷とするということも頻発します。
1571年にレパントの海戦が起き、スペインがオスマン・トルコに勝利しますがそれで地中海が治まったわけではなく、結局は海賊たちの勢力が圧倒することになりました。
レパントの海戦に参加し、その後スペインに帰国しようとしたセルバンテスも海賊に捕まり奴隷とされました。
解放されたのは10年後だったのです。
その頃、ジェノバ人コロンブスはスペインの力を借り大西洋を渡り、アメリカに到達します。
スペイン人たちは大挙新大陸に来襲し、征服してその富をヨーロッパに持ち帰りました。
その富の独占に対し、特にイギリス人などはスペイン船を襲い積荷を強奪するということを始めます。
イギリスは当時スペインと敵対しており、そのような海賊行為も国家のためと見なされて王から賞賛されるというものでした。
有名なフランシス・ドレークやヘンリー・モーガンといった海賊はカリブ海に陣取り、スペイン船を襲い続けました。彼らをバッカニアと呼ぶそうです。
18世紀になると、ヨーロッパ諸国と北アフリカの海賊勢力とは一応の和平条約を結ぶこととなります。
しかし、これはヨーロッパが多額の貢納を行うことで、商船通行を見逃してもらうというものでした。
しかし、ちょうどこの頃にアメリカ合衆国が独立しました。アメリカの商船はそれまでのイギリス国旗ではなくアメリカ国旗を掲げるようになったのですが、そうなるとイギリス船は見逃していた地中海海賊がアメリカ船は遠慮なく襲うようになりました。
建国間もないアメリカでは、こういった海賊の対策としてヨーロッパ各国と同様に貢納して見逃してもらうか、海軍を派遣して打ち破るかの論争になりました。
それはついに、トリポリがアメリカ商船カスリーン号を拿捕するという事件に対し、ジェファーソン大統領が艦隊を派遣して開戦するということになります。
かなりの苦戦をしたものの、結局アメリカが勝利し、トリポリ政権は敗北します。
これがアメリカの軍事力を背景にした外交の最初の成功とも言えます。
そして他のヨーロッパ諸国も同様に海賊との交渉を止め、軍事力で排除するようになりました。
こうして、各国の軍事力充実により海賊は消え去りましたが、現代になり国家が破綻したソマリアでは再び海賊出現となってしまいました。
隙あれば現れるのが海賊のようです。
しかし、本書冒頭に書かれているように、アレクサンダー大王の前に捕らわれた海賊が引き出され、大王に「なぜお前は海を荒らすのか」と問われると海賊が「私が小さな舟でするので盗賊と呼ばれ、陛下は大艦隊でするので帝王と呼ばれるだけです」と語ったとか。
海賊も国家もやることは変わらないということでしょう。
海賊の世界史 - 古代ギリシアから大航海時代、現代ソマリアまで (中公新書)
- 作者: 桃井治郎
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/07/19
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