爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「高松塚古墳は守れるか 保存科学の挑戦」毛利和雄著

高松塚古墳の壁画は昭和47年に発見され、その当時は世紀の大発見と言われて大騒ぎだった覚えがあります。

その後、万全の保存体制が取られていると思っていたらカビが発生したと言う報道が何度かあり、2001年になって大量のカビ発生、管理体制が問題となったものでした。

 

壁画の劣化というものが何故起きたのか、人災だったのかといった疑問に答えようと、NHK文化財報道を専門にしていた毛利さんが取材の結果をまとめた本です。

 

2001年の大量のカビ発生で、その他の損傷事故が公表されていなかったことが明らかになったりして、文化庁の体制の問題にまで疑いが及ぶということになりました。

 

ちょうどその時期は、旧石器の捏造事件が明らかになった頃でもあり、文化財報道というものに対して批判も集まっていた時期でした。

そこで、NHK文化財担当であった毛利さんは多くの関係者に取材をしたそうですが、壁画の劣化ということになると誰もが急に寡黙になったそうです。

 

高松塚古墳奈良県明日香村にあり、その存在自体は昔から知られていました。

しかし、偶然その内部に彩色した破片が存在することが分かり、急遽発掘調査を行なった所、極彩色の壁画が見つかったのが昭和47年、1972年のことでした。

これや漆喰で塗り固めた上に彩色したと言う技法により描かれており、九州などに多数存在する装飾古墳よりかなり発展した技法と見られるもので、日本で初めての発見でした。

 

しかし、大きな話題となったのと比べて、その古墳壁画の保存と言う問題については当初からあまり関心が集まることはありませんでした。

壁画の系統や被葬者が誰であるかと言う問題には研究者やマスコミも皆議論に参入したのですが、肝心の保存対策については誰も自分のこととして考えることはありませんでした。

 

行政の対応としても、早い時期に文化庁が責任を持つということは決まったのですが、このような古墳壁画の保存といってもほとんど専門家も居らず、何をどうして良いのかもわからない状況だったようです。

特に、漆喰の上に書かれた壁画と言う日本で初めて発見されたものの知見もなかったので、ヨーロッパのフレスコ画と似た状況ではないかと考えてイタリアのフレスコ画修復の専門家のパオロ・モーラを招き意見を求めました。

モーラは、「一度発見された遺跡を保存することは極めて難しいので、壁画を剥がして強化し移し替える」と言う提案をしました。

しかし、壁画だけ取り外すという方法には批判も多く、結局は現地で古墳に保存装置を設置し、できるだけ温湿度をコントロールして守っていくということになりました。

 

1976年に空調設備工事が完了し、壁画の修復作業もスタートしました。

これには、漆喰層の強化、アクリル樹脂を用いた接着、合成樹脂を漆喰層に加える。

といった作業内容が含まれていました。

しかし、この空調設備も不十分なもので、内部に修復作業者が入っただけで温湿度が大きく乱れることとなり、壁画の劣化が進むこととなりました。

これで、最初からやや薄かった「白虎」が消えかかってしまうということになりました。

 

2001年に大量のカビ発生、そして白虎が消えかかったと言う事実も明らかになり、世論はそれまでの30年の保存事業が失敗だったという非難の嵐となりました。

そんな中、2004年には文化庁は「恒久対策検討会」を立ち上げて抜本策を検討しました。

その結果、壁画を現地に置いたまま修復することは困難ということになり、解体して壁画を取り外し、外部で修復してから戻す「解体修理」を取ることをなりました。

 

これに対しても、外部の研究者等から多くの批判を受けることになりましたが、彼らの主張する方法にも欠点が多く解体修理が仕方のない方策だったようです。

さらに、詳しく調査していく内に高松塚古墳は何度か大きな地震の被害を受けており、それによる歪みが劣化の原因の一つにもなっているということが分かり、耐震工事も必要ということになってしまいました。

 

著者が指摘している中で、考古学専門家から「永久保存を目指すべきだ」という批判が上がったという点が問題というのは興味深い点です。

そもそも、歴史的文化財に「永久保存」は不可能だということです。

劣化するのは仕方のないことですが、「できるだけ劣化のスピードを遅くする」ことしか、できないというのが実情です。

考古学の専門家といえど、保存科学ということはご存じないのではということでした。

 

高松塚古墳は守れるか 保存科学の挑戦 (NHKブックス)

高松塚古墳は守れるか 保存科学の挑戦 (NHKブックス)

 

 

本書は2007年出版で、その時点では解体が始まったところだったようです。

その後解体修復が完成したということです。