著者のグッドールさんはイギリスの作曲家ですが、巻末の訳者あとがきによると「ミスター・ビーンの主題曲の作者と言う方がわかりやすい」ということです。しかしクラシックの作品も多くミサ曲なども手がけていると言う人です。
その著者が「音楽史と発明」ということで書いた主題は、音楽の通説ではなく発明されたことがはっきりしているもの、発明した人も時代も明らかなものを5つ選んで記述したものです。
その5つとは、「楽譜」「音律」「オペラ」「ピアノ」「蓄音機」です。
楽譜は11世紀のイタリアの音楽家グイード・ダレッツォにより作られました。それ以前にもネウマと呼ばれる記号で音楽を記録しようとする動きはあったのですが、音階や音の長さをきちんと記録しようと言うものではなく限られた範囲のものでした。それをグイードは現代までつながる記譜法を作り出すことにより音楽自体を変えてしまったことになります。
オペラは17世紀初頭にイタリアのモンテヴェルディが作り演奏したことでそれまでの教会音楽主体の音楽というものを劇場のための世俗的な音楽に変換し、より大きな活躍の場を広げることとなりました。
音律というのは良く判らない点もあるのですが、純正律と平均律と言う問題に関わることで、ギリシア時代まで遡る話になります。ピュタゴラスは音とその元になる金属の長さには単純な整数比があることに気付き、それが和音として調和するかどうかにも関わると言うことを見出していました。しかし、1オクターブを12の半音に分けるときそれを等間隔に並べるとそこには整数比という性質から少しずれてしまいます。
ずれたまま(これが純正律)で行けばハーモニーはきれいになり和音での「うなり」は無くなるのですが、移調などは不可能になります。等間隔にならべれば自由に移調できるものの和音には少しだけずれが生じます。
これを作品として解決させたのがバッハの「平均律クラヴィア曲集」(これはやや誤訳で、”ウェルテンパラメントによるクラヴィア曲集”というべき)であり、それにより現代につながる西洋音楽の基本が確立されたということです。
音量を変えられる鍵盤楽器のピアノは300年前にイタリアのバルトロメーオ・クリストフォリにより作成されました。それ以前の様々な鍵盤楽器は欠点が多かったために家庭での楽しみだけのためにしか使えないようなものだったのが、大音量で強弱が付けられるために繊細な表現力が得られるピアノの発明でフルオーケストラとも共演ができるような強力な楽器となることができました。その構造の各所にクリストフォリの発想が部品のすみずみまで生かされておりすぐれたものだったようです。
最後の発明はエジソンの蓄音機です。電話の作成の過程で副次的に作られたようなものですが、それが音楽演奏というものを大きく変えたものになりました。最初の発明はエジソンのフォノグラフですが、それ以降はエジソンは興味を失ったようで、他の発明家が様々な発明品を作り出しレコードへと発展していきました。
最初の頃は音楽と言えるようなものではなく、音楽家もあまり相手にもしていなかったのですが、技術が向上していくにつれ一流の音楽家も録音を残すようになり、それを使って世界的に有名になる音楽家もでてきました。最初のスターはエンリコ・カルーソーだそうです。それに続きマリア・カラスなどがレコードを通したスターとして世界的に有名になり、誰もがレコードを出すと言う時代になって行きました。
さらにその後は「編集」という技術も発達し現代に至るような音楽状況となってきたわけです。
音楽史を語る上ではここで取り上げられた「発明」以外に多くの人々により徐々に積み上げられてきたことも多いはずですが、ここの発明というものは話としては非常に面白いものでそれぞれが改めて目を開かされるという思いをさせられたものでした。
どれもが何となく漠然とは知っていたものの正確なことは知らなかったということばかりで、バッハの「平均律」も名前と曲は知ってはいてもその意味にまでは考えていませんでした。
著者の深い音楽知識には驚きました。