爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「日本の食糧が危ない」中村靖彦著

著者の中村さんはNHKで農業関係の解説委員を勤められた後、現在はいくつかの大学で客員教授をされているようです。
2011年5月の出版の本ですので、大震災直後ですがまだ民主党政権だった頃です。その農政にはかなり危惧を持っていたようですが、現在の自民党政府でも状況はまったく良くはなっていないように思います。

農政は大体選挙目当ての場当たりというイメージですが、著者も指摘のように収入保障といいながら農業を続けていこうという人にとってはそれを助けるようなものにはなっていないようです。所得保障などというものも方向が違うだろうということです。

そもそも農地というものがほとんど地主の所有で耕しているのは小作人という体制が終戦まで続いていたのがわずか70年ほど前の話です。それが占領軍の命令で農地解放という政策が強行され、不在地主にはほとんど補償もないまま取り上げられてしまいました。しかし、それで土地を手にした農民が農業を止めても土地で儲けるということが当然のように振舞い始めたのはそれからすぐ後からだったようです。
農地改革に対して違憲訴訟が多数起こったようですが、当時の裁判所の判断では農地の格安での買い上げも「公共のため」ということで違憲ではないということだったということです。
しかし、それから長くもない時がたったころには高度成長が始まり農地から工業用地や道路などへの転用が激増しますが、それらの買い上げには公共性があるにも関わらず充分な対価での交渉となり、まったく異なる土地への態度だったそうです。

現在では大きな問題となっている耕作放棄地ですが、山間僻地のイメージばかりが強いようですが、実際は都会地で耕作もしたくないが値上がりをまって放棄してあるという土地が多いようです。このような実情に対し、著者は農地は公有のものとして保全すべきという意見を出しています。私有財産の保護といってもこれほどまでに食糧生産とはかけ離れた状況の中で財産権だけ主張するのはおかしいという意見です。

また食糧自給率というものに対しても的確と思える意見を表しています。
これも現在良く言われているのは「カロリーベース」というものですが、それ以外にも「金額ベース」「量ベース」というものも考えられます。金額ベースで行くなら現在の自給率は70%以上はあるそうですが、より低く見せたがるせいでカロリーベースの数字が使われています。
これはどうやらガットウルグアイラウンドの交渉の際に日本の農産物輸入が多いということを言うためにひねり出した数字のようで、世界各国でそのような数字を発表している国はないそうです。
食糧自給率を上げるという目標も立てられていますが、そもそもそれをどうやってやればいいのかもほとんど決まってはいません。その対策をやろうという意図も感じられません。上げるべきと発言している多くの人も自分で何かをしようという気は無く、言っておけば政府が何かやるだろうと思っているのではということです。
しかし、中国の食糧需要の増大や自然災害の多発による生産低下など食糧供給の不安は高まるばかりです。不作により国内産の食糧の輸出禁止措置をとった国も頻発してきています。金さえあれば食糧は買えるという保障はまったく無いにも関わらず、おかしな数字論争をしている暇は無いだろうと思います。

カロリーベースの食料自給率というと、畜産の場合は飼料の原産国となりますのでいくら国内で畜産生産をしていても海外産扱いとなります。これは結構知らない人もいるようで、著者が講演などで卵や肉のカロリーベース原産国という話をしても栄養士さんでも驚くということです。
肉の量からすると牛で11倍、豚で7倍、鳥でも4倍の飼料を使っていますので、それがさらに自給率を下げているようです。

いろいろと参考になった本でした。