白川静の世界その2は文学についてということです。
白川さんの業績は漢字に関するものが一番だと思いますが、その最初の興味の対象は万葉集だったということは良く知られているかと思います。その後、万葉集を理解するうえで非常に似通った内容であった中国古代の詩を集めた詩経の研究に入り、その解釈のために漢字の研究が必要となっていったと言う経緯のようです。
詩経に関する白川さんの著書も1冊だけ読んだことがありますが、詩経の詩の意味の解釈というのは伝統的に春秋時代の君主などの事跡に結び付けてしまうということが広く行われてきましたが、万葉集とも通じるような庶民の心情に根ざした素朴な内容であることを主張したと言うのが大変新鮮に感じられた気がします。
この辺の業績も万葉集にも深く通じた白川さんならではのものだったのでしょう。
中国文学については、そのほかにも中国神話や詩経ばかりではなく楚辞、楽府など広い範囲の対象の研究をされ意味深い業績を残しています。
詩経に関する論文の最初は1949年の「詩の興(きょう)について」というものだったようですが、旧来の詩経の解釈として一番なおざりにされていた興を取り上げることで詩経を詩として評価すると言うことにつながることだったのでしょう。
なお、その後1960年には詩に関わる3つの大きな論文を発表していますが、それらのすべて自ら鉄筆を取り原紙を切って謄写版印刷したそうです。
万葉集の研究ではどうしても漢字を取り入れ日本語の表記に使っていったということに関する考察が重要になっていきます。万葉集でもその中の時代によりずれがあり、初期には訓読みを多用しているためにどう読むのか不明なものもありますが、後期には一音ずつを漢字化したいわゆる万葉仮名というものに移行してきたようです。しかし、その間の相違と言うのは思ったよりも意味が大きく、なにか非常に大きな意識の変革があったのではないかということです。
なお、朝鮮では漢字はそのまま読まれ訓読みと言うものは発生しなかったようです。この辺にも海を隔てたことで独立性が生まれたのかも知れません。