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爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

COP21で安倍首相が恥さらし演説

パリで厳戒態勢の中開かれているCOP21の首脳演説で、安倍首相が演説をしたそうです。

まあ、各国首脳もひどい内容の演説ばかりですので、それほど目立たなかったかもしれませんが、(そもそもほとんど日本の演説に興味を持つ人も少ないでしょうが)それにしてもお粗末な演説だったようです。こんなもののために大事な臨時国会を開かずに逃げているのも大問題ですがここではそれは置いておきます。

 

「温暖化による気候変動から逃れ」「経済成長を目指す」その双方を両立させるような「科学技術開発に注力する」そうです。とくに「水素エネルギーの実現」と「高性能蓄電池」の開発を目指すそうですが、このわずかな言葉の中だけでも無知と嘘と詐欺が詰まっています。

 

二酸化炭素温暖化については確実のように言われていますが、相当数の学者がそれには異論を唱えており、決して確固とした理論ではありません。

しかし、二酸化炭素温室効果というものは存在するのは確かであり、その寄与部分がどの程度かと言う数字が誰にも分からないというのが実際のところでしょう。

 

それよりも問題は「このままの調子で二酸化炭素排出が続くとすれば」という決まり文句の部分です。これまでにもこのブログの「エネルギー文明論」で何度も触れていますが、主な二酸化炭素排出源である化石燃料は徐々に残量が減っており、この先も排出量が「このまま続く」ことはあり得ないことです。

以前にも触れましたが、「もったいない学会」というエネルギー問題について討論している学会のホームページのコラム欄に東工大名誉教授の久保田宏さんが書いておられるコラムが参考になるかもしれません。

http://www.shiftm.jp/show_blog_item/285

それによると、IPCCが唱える「このまま行った場合の二酸化炭素の総排出量」が7兆トンに上るという試算に対し、実際は3兆トン程度しか排出「できない」ということです。

つまり、それ以前に石油や天然ガス等の化石エネルギー資源供給の減少が起こってしまうということです。

私などの考えではその事態の方がよほど大問題だと思うのですが。

 

さらに、「経済成長のため」というのは確信犯的な詐欺的思考です。これまでの経済成長の過程はすべてエネルギー消費と並行しています。エネルギー供給が陰りを見せてから成長が止まりました。技術をいくら開発したところでこれには変わりはありません。

エネルギーとは関わりのない経済成長と言うものを目指すのなら、これまでとまったく異なる社会を作っていかなければならないんですが、その考えは無いようです。結局は無理なことを前提としているだけの夢物語です。

 

「科学技術開発への投資」で成果を出したいという期待があるようですが、これはいくら金をつぎ込んでもできるものとできないものがあるということについての「無知」から来ています。

「水素エネルギー社会」なるものも「できるはずもない」社会でしょう。

この水素の使い道というものはおそらく燃料電池自動車のみでしょう。水素を直接燃焼させるエンジンというものも以前は研究されていたそうですが、もはやそれは視野には入っていないでしょう。結局は水素を酸化して水に帰す時に発生する電力でモーターを動かすだけです。

水素というものがその形態でふんだんに供給されるのならこの動力も利用価値はあります。しかし、石油からの安価な水素生産があった時代ならともかく、この先はそのような供給は不可能となります。結局は電力を使って水を電気分解して作り出すしかありません。

「水を電気分解して水素を作り、その水素を酸化して電力を発生させて使う」

これは水素と言うものの位置を変えて電力をやり取りするだけで、エネルギーを作り出すわけではなくその場を移動させるだけです。そこにはエネルギーロスが不可避であり、その分のエネルギーはどこかから投入しなければなりません。

そんなことをするのにもし石油などを使うとするなら、何のためにするのでしょう。

石油を直接つかって自動車を走らせる方がはるかにましです。

原子力発電の電力を使うというつもりかもしれませんが、そんな恐ろしい社会はまっぴらと言う世論が形成されているのではないでしょうか。

 

蓄電池性能の大幅向上と言うのも簡単な話ではありません。現在の低品位(しかもおそろしく)の発電装置である風力や太陽光の弱点を補うにも蓄電池が必要ですが、現在の性能の蓄電池などは実用になりません。資源とエネルギーの浪費でしかありません。

5倍の性能向上という目標を挙げているようですが、それでも不十分でしょう。

 

このような夢物語の研究開発に巨額の資金を投入するということで、喜ぶのは研究者とメーカーのみです。研究者と言う連中は不可思議な性格を持っており、その対象が実現してそこから利益を得るということを目標とするより、研究費が十分に得られて好きな研究ができれば満足してしまう人が大半ではないでしょうか。

その研究が完成するかどうかより、自分の研究が続けられることだけが目的となることもありそうです。

そんな連中に国家資金をつぎ込むという余裕がこの日本のどこにあるのでしょう。

財政危機というものも現実化しそうです。

 

そろそろ環境問題を隠れ蓑にした我田引水的政策競争は止めてもらいたいものです。