爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「ホルモン全史」R・H・エプスタイン著

今はホルモンという言葉は広く知られており、またオキシトシンだのテストステロンなどといったホルモンの名称も聞いたことがある人は多いと思います。

しかしそのようなホルモンという物質が人体の働きを左右するような重要な役割を果たしているということは、昔は全く考えられていませんでした。

それを見つけ出し、その働きを実証していった多くの研究者たちの業績というものは素晴らしいものです。

ただし、ホルモンの歴史にはそういった輝かしいものばかりではなく、多くの人を犠牲にしたり商売に利用しようとされたりといった面も持っています。

 

そのようなホルモンについて、多くの事例とエピソードを交えながら紹介していきます。

 

19世紀に「太った花嫁」として奇人変人を見世物にするショーの花形だったブランシュ・グレイという女性がいましたが、彼女がもしも100年後に生まれていたら医師は肥満に関するホルモンや成長ホルモンの分泌を調べて適切な治療ができたでしょう。

当時はまったくその可能性も分からないままでしたが、ホルモンに関する研究、内分泌学の進展で様々な病気の原因やホルモンの作用が明らかにされていきました。

 

ただしその極めて微量な物質は簡単には構造を同定することもできず、また作用が分かってもその機能を全く取り違えていたりといったことが多かったようです。

 

まだ性ホルモンの認識もなかった頃、1920年代には精管結紮術という手術を用いる若返り術が人気を集めていました。

もう子作りが必要なくなった男性の精管を切断することにより精液の排出を阻害し体内に蓄えることで性欲・知性・活力といった年齢と共に衰える機能を改善できると信じた医師によりそれを求める男性たちへの施術が行われました。

ウィーン出身のオイゲン・シュタインナッハがそれを広く宣伝していたために、「シュタインナッハする」という言葉がその手術を受けることを表していたそうです。

シュタインナッハ自身は医師ではあったものの自らは施術しなかったのですが、それを実行した多くの医師たちにより無駄な手術が横行しました。

しかしその後男性ホルモンが発見され、その分泌が少ない患者にはそのホルモンを直接投与できるようになるとそんな手術はすぐに廃れました。

 

ホルモンのような極微量の物質の定量を行うための技術でラジオイムノアッセイというものがあります。

それを作り上げたのが1921年にロシアから移民してきたユダヤ人の娘として生まれたロサリン・ヤローで、まだ女性の研究者が厳しい状況に置かれた時代の中、非常な努力でこの優れた技術を確立しました。

この技術の特許を取るように薦められても、世界中の人々が幅広く利用できることを望み特許化せずに技術の詳細を公表しました。

その後ロサリンノーベル賞を受賞しました。

 

ホルモンは人体の様々な部分で作られ、それが多くの機能を司どっています。

しかし最近では腸内細菌群もやはりホルモン様の物質を作り、それが人体の働きに影響を与えることが分かりつつあります。

ある種の細菌は人体を太らせるように作用し、別の種の細菌は痩せるように作用しているのかもしれません。

これは抗生物質で腸内細菌のある種の菌群が死滅することで肥満を促すといった事象があることからも推定できます。

ただし、プロバイオティクスのような「良い細菌」というものがあり、それを増やせば健康になるといったことはまだ証明されていません。

こういった仮説を検証するためにはまだまだ多くの研究が必要なようです。

 

著者のランディー・ハッター・エプスタインさん(女性です)は医師ですが、ジーナリストとしても活躍しているということで、分かりやすい文章を実例を引きながら書いています。

多くの人々がホルモン分泌のために苦しい人生を送ってきたことが分かります。

徐々に明らかになってきたとはいえ、まだまだ解明すべき問題は多いのでしょう。