爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「運動しても痩せないのはなぜか」ハーマン・ポンツァー著

太りすぎを何とかしようとして運動してもあまり効果が無いと言われます。

その理由がよく分からなかったのですが、この本では代謝学の最新の情報でそれを解説してくれます。

そこではこれまでの「運動すれば痩せる、食べ過ぎると太る」といった直感的な感覚とはかなり異なる事実を示しています。

ただし、あまりにも通説と異なるため、なかなか頭に入りにくいかもしれません。

著者はエネルギー代謝学と進化が専門なのですが、若い頃からアフリカでフィールドワークをするなど、経験は非常に豊富でしかも文章も分かりやすく書かれていますが、それ以上にその内容が高度でありちょっと頭を切り替える必要があるのかもしれません。

 

一言でいうと(と言いたがるのが悪い癖)動物の代謝制御というものは非常に強力なものであり、多少運動をした程度ではその消費カロリーを別のところの調節でコントロールしてしまうので、その消費分だけ痩せるなどということにはならないということのようです。

ただし、だからと言って運動してもしょうがないということではなく、逆にやはり運動することにより代謝の制御で健康に良い影響を及ぼすということです。

 

こういった著者の理論は、タンザニアの狩猟採集民族のハッザ族の調査から生まれています。

これまでは人の摂取カロリーと消費カロリーの測定というものはなかなか正確に測ることができず、多くの推定値を含むあいまいなものだったのですが、1950年代からアメリカの生理学者ネイサン・リフソンによって開発された二重標識水法という酸素と水素の同位体を使う方法でそれがかなり解決されました。

ただしかつてはその同位体の価格が非常に高く少しの測定に巨額の費用がかかったのですが、それも近年は非常に安価になり多くの測定ができるようになりました。

被験者の尿と血液のサンプルを数日おきに採取するだけで測定できるため、被験者の負担も少なくなります。

この方法でハッザ族の人々の代謝を調査しました。

 

ハッザ族は狩猟をする男性も芋などを採取する女性も毎日非常に長距離を歩き回ります。

そのせいか、年齢に関わらずほとんど体脂肪もなく痩せています。

これは消費カロリーも非常に多いのではないかという予測の元に調査研究を行いました。

しかしその結果は驚くことに欧米のほとんど運動もせずに座って仕事をしているような人々の数値とあまり変わらなかったそうです。

 

本題に入る前に本書では代謝学の基礎についての説明もされています。

安静時、つまり体を動かさずにじっとしている時のエネルギー消費量を基礎代謝率(BMR)と言います。

これは、臓器や筋肉が安静時でも動いていることで使われるエネルギーです。

人類の場合は中でも脳で消費されるエネルギーが非常に多くなっており、そのために他の霊長類と比べてもエネルギー消費量が飛びぬけて高くなります。

なおBMRに加えて、体温調節、免疫機能、成長と生殖といったところにもエネルギーは使われますので、子ども、妊婦、感染症患者などはエネルギー消費が増えます。

 

霊長類の中からエネルギー消費が多い人間が進化した過程については進化学の方向から詳しく説明されています。

そこには他の霊長類と異なり、「助け合い・分け合い」を進んで行うようになった人間の特性が代謝の面でも効果的であったことが示されています。

食料などを分けあうということは人間に特徴的にみられるものなのですが、これが代謝率を上げることに貢献し、その結果脳の発達に寄与できたのです。

ただし、それはマイナス面もあり、代謝性疾患、すなわち肥満や糖尿病、心臓病にかかりやすくなりました。

またエネルギー消費の増大は食料不足の危機に対する備えとして脂肪の蓄積をしやすくなるという性質を呼び起こしました。

これも現代病の大きな要因となっています。

 

ハッザ族のように始終歩き回っている人でもそれほどエネルギー消費が増えないというのは、1日のカロリー消費量が制限されているからだということが分かってきます。

(なお、このような通常の運動状況の場合であり、長距離選手やラグビー・サッカー選手などの極端な強度運動はもちろんカロリー消費量は多くなります)

1日のカロリー消費量が多少の運動では変わらないのであれば、運動をして痩せようというのは無駄だということになります。

これは人体のエネルギー収支を脳の視床下部が厳しくコントロールしているためです。

運動量が増えると体に蓄えた脂肪を使うのですが、それも無くなると生殖、免疫機能、ストレス反応などを抑えてカロリー消費を減らそうとします。

そのため運動選手が女性の生理が無くなったり男性でも性欲が落ちる、病気にかかりやすくなるといった影響が出てきます。

 

このような状況では痩せるためには食生活を改善するしかないようですが、しかし世間に多数存在するダイエット(痩せるための食事法)なるもののほとんどは理論を無視したいい加減なもので、これに対し著者は厳しく批判しています。

著者らがこの調査研究結果を論文発表した時もそういった人々が批判をしてきたのですが、たいていは何の根拠も示せないものだったそうです。

 

ただし、「運動しても痩せない」からといって運動をしないというのは間違いだとも言っています。

運動をすることによる利点は体のあちこちに表れます。

ただし、「適当な運動量」であることが必要であり、上に挙げたような理由で「ツール・ド・フランスの選手」のような運動量はかえって体に悪影響を及ぼします。

多くの観察から言えるのは、一日数時間程度の歩行ということです。

 

私も素朴な「消費カロリー・摂取カロリー説」を信じていたため、この本の主張は非常に目新しく、また目が覚めるようなものでした。

なんとなくですが、いくら効果が少なくても運動すればある程度は痩せるのではとは思っていました。

しかしこのところ足の調子が悪く散歩もできないのはやはり問題のようです。