爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「国境を越えて愛されたうた」竹村淳著

歌というものはその地で生まれたものだけでなく、よそで生まれたものが伝わっていくということもよくある光景です。

 

この本では、そういった、「国境を越えて」愛されていった歌の数々を紹介しています。

なお、著者の竹村さんは長く中南米の音楽を紹介し続けていますが、本書で取り上げている歌は必ずしもその地域だけのものではありません。(が、やはりそれが多いようです)

また、かなり詳細なトリビアも語られています。

どちらかと言えば、その方面に力が入れられているようにも感じます。

 

日本発で取り上げられているのは「上を向いて歩こう

これが「スキヤキ」という名でアメリカなど世界に広がっていったということは、誰しも聞いたことがあるかもしれません。

アメリカのビルボードのシングルチャートで、1963年6月15日付けでトップになりました。

永六輔、中村八大のコンビで作詞作曲され、坂本九が歌ったこの歌は、1961年に発売されレコードもそこそこ売れたのですが、アメリカでの大ヒットほどのものではなかったようです。

それは、この歌の造りが当時主流の演歌とはかなり異なっていたためです。

ところがそれが外国での流行につながりました。

アメリカでの発売には多くの偶然が重なったようです。

ケニー・ポール楽団がジャズとして演奏したもののほとんど売れなかったものが、たまたまワシントン州のラジオ局のDJ、リッチ・オズボーンがリスナーの高校生から送られた坂本九のレコードを番組でかけたところ、評判になりキャピトル・レコードからの発売が決まりました。

最初は坂本九に英語で歌わせようとしたけれど、オズボーン(日本駐留経験あり)が日本語のまま発売するよう主張したためそのままアメリカでも発売、大ヒットにつながりました。

英語以外の外国語の歌がビルボードトップになったのはイタリア語のボラーレ以来だったそうです。

 

エル・アレグリートという、スペインの作曲家セバスチャン・イラディエールの曲を聞いたら、誰もが「ビゼーカルメンのハバネラ」だと思うでしょう。

しかし、1840年にこの歌を発表したのはイラディエールでした。

イラディエールは「ラ・パロマ」の作曲もしていますが、スペイン生まれながら長くキューバにも滞在し、アバネーラ(キューバの首都ハバナ風の)という曲風にも馴染んでいました。

その後、スペインに帰国したイラディエールはエル・アレグリートを発表しそれが広まったのですが、それを聞いたのがスペインを訪れていたビゼーでした。

彼はそれをスペインの民謡と思い込み、自らのオペラにも使ってしまったようです。

 

「ランバーダ」という、セクシーなダンスと曲が大流行したのは1989年でした。

カオ―マという、フランスやセネガル、ブラジル出身者のグループが演奏したのですが、この曲の旋律は実はボリビアのグループ「ロス・カルカス」が歌った、「泣きながら」(Llorand se fue)そのものでした。

しかしランバーダの作曲者には「泣きながら」の作者のエルモーサ兄弟の名前はまったく入っておらず、完全な盗作だったようです。

その後、裁判となりロス・カルカスは著作権料を受け取ることができたのですが、世界中にランバーダの名前で広まってしまいました。

 

この本を書くにあたり、実際に聞いて貰おうと「おすすめCD」も挙げておこうと思って竹村さんが調べたら、もうほとんどCDは売っていなかったようです。

ネットで探すことになるのでしょうが、かえって面倒なことになっています。

 

国境を越えて愛されたうた

国境を越えて愛されたうた

  • 作者:竹村 淳
  • 発売日: 2014/11/04
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)