爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「孟夏の太陽」宮城谷昌光著

中国古代を舞台とした歴史小説で数多くの著作を著した宮城谷さんの初期の作品です。

時代は中国春秋時代、晋の国です。

晋はその後臣下の三か国に簒奪されるのですが、その内の一つ趙の国を建てた一族の物語です。

趙一族は元は周王朝に仕えていたのですが、王朝の混乱が激しくなり戦火を逃れて晋の国に亡命しました。

そこで土地を与えられ晋公に仕えることとなります。

小領主に過ぎなかったのですが、文公重耳の逃亡放浪の際にその臣下の中で中心的な活躍をした趙衰が文公即位後その正卿の地位(宰相にあたる)まで昇進したことで晋国の中でも重要な地位を占めるようになります。

 

本書の第1編、「孟夏の太陽」の主人公は趙衰の息子の趙盾で、やはり晋の正卿の地位に昇りますが、晋公の即位のごたごたで晋公暗殺の汚名を着ることとなります。

なお、趙家の人々は人間関係をあまりにも重視しすぎる傾向が強いようで、趙盾も弟や本家筋の後継ぎを高位に上げる一方、自らの子は引き上げないといったことをしたために、後に混乱を引き起こすことになります。

 

第2編、「月下の彦士」は趙盾の子の趙朔とその子の趙武を扱っています。

趙朔は趙盾の後継者決めのために勢力を持つことができず高位にも登らなかったのですが、晋国内の政情の乱れの余波を食らい、趙盾の晋公暗殺(名目上)を咎められて一族もろともに滅ぼされるという目に会います。

ここで趙氏も破滅かと思われたのですが、趙朔の正妻である晋公の娘は生命が助けられ、さらに妊娠をしていたために超朔の息子をひっそりと出産することとなります。

その子が趙武であったのですが、まだ趙氏を敵視する勢力が強い中で、趙朔の臣下と賓客の二人が命をかけて守り育てるという内容です。

なお、このエピソードについては春秋左氏伝には記述がなく、司馬遷史記にのみ描かれているとのことです。

 

第3編、「老桃残記」は趙武の孫の趙鞅が主人公です。

この時代には晋の国はほとんど臣下に分け取られてしまったような状況で、韓、魏、趙、中行、士、知の6氏が強力でした。

彼らが互いに争い、士氏と中行氏は亡び知礫が率いる知氏が最も強大となり、韓魏趙氏を圧倒することとなります。

 

第4編、「隼の城」は趙鞅の子の趙無恤が主人公となります。

無恤はもともと嫡子でもなく、母は低い身分であったため無恤も軽んじられていたのですが、趙鞅の後継ぎの決定に際し夢のお告げや人相見の鑑定などで無恤が抜擢されました。

しかし後を継ぐや知氏の総帥知瑶の攻撃を受け、晋陽の町に入って知氏をはじめ韓氏、魏氏の軍の攻撃を受けるのですが、ここで知瑶が取った戦術が町の周囲に堤を築き水を溜めるという水攻めで、おそらく世界で初めてここで取られた戦術でした。

その籠城期間は史記では1年余り、戦国策では3年と記述されていますが、食糧もすべて尽き果て降伏も寸前となったところで、知氏のこれ以上の増強を恐れた韓氏と魏氏が寝返り趙氏と共に一気に知氏を攻めて逆転しました。

知氏の領地を分け取りしてこれでほぼかつての晋の地を韓、魏、趙で分割しました。

これを持って春秋時代から戦国時代に入ったとも言われています。

なお、史記の刺客列伝にある豫譲の仇討ちはこの戦争の後日談であり、豫譲が仕えていた智伯というのがここでいう知瑶、狙った趙襄子が趙無恤のことです。

 

例によって、宮城谷さんの書くものは史記や春秋左氏伝、戦国策といった史書に出てくるものを忠実に再現し、それに想像を交えて肉付けしていくものですが、その巧みさにそのすべてが史実だったかのような感覚になってしまうのが少し注意すべきところでしょうか。