爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「晏子 1-4」宮城谷昌光著

晏子といえば中国春秋時代の斉の国の宰相で、多くの人の尊敬を集めた人です。

その名は晏嬰、尊称として晏子と言われます。

ところが、この宮城谷さんの本では晏嬰だけでなくその父親晏弱についてもかなりのページを割いて描いています。

 

宮城谷さんは中国古代に題材を取った作品で知られており、夏姫春秋では直木賞を受賞しました。

しかし本書のあとがきにもあるように、直木賞を貰ったからと言ってすぐに執筆注文が殺到するという訳ではなく、なかなか次作の発表の機会がなかったようです。

そこへ新潮社から連載の声がかかり、その題材として晏子をと考えました。

晏子、晏嬰については史記の管晏列伝、春秋左氏伝などに多くの物語が綴られ、それをまとめれば一つの小説にはなろうと思われたのですが、なぜかそれだけでは足らない感覚が強く、書き始められないまま時が過ぎました。

多くの史料を集め読み進めているうちに、父親の晏弱が斉の隣国莱の国を併合した将軍ではなかったかという可能性に行き当たり、それを書き進めれば晏嬰の伝記の中で不明の部分も明らかにできるのではないかと考えたそうです。

そこで、本書も晏弱の活躍の場面から書き起こし、文庫版4冊のうちほぼ2冊を晏弱の記述とするということになりました。

 

なお、春秋左氏伝には晏弱についてもいくつかの記述があり、晋の国を宗主とする断道の会同に出席したものの晋に捕らえられたというもの、そして莱の国を攻めたというものがあります。

ただしその記述は断片的でつながりも明らかではなく、詳細はほとんど分かりません。

そこに数多くの史料の記述、さらに作家の空想力も大胆に加えて筋の通ったものとしています。

 

晏嬰は身長は低く貧弱に見える体躯であったということは、史記などにも数多く記述がありますが、その父親については全く分かりません。

しかし莱攻めの将軍に任ぜられたということもあり、武の家柄であり自身も武勇に優れただろうことは容易に想像できますので、小説の中でも雄偉な体格で武術にも優れるという描写になっています。

その父親からひ弱に見える晏嬰が生まれたということを対比させることにもなっています。

 

ここまで歴史の再構成を行なうことにより、司馬遷史記のなかで「晏平仲嬰は来の夷維の人である」と記述したことも辻褄を合わせられるとしています。

つまり、晏弱が莱を攻めて滅ぼし斉に併合した功績により、夷維の地を領地としてそこに少年期以降晏嬰が暮らしたためにそのように伝えられたということです。

 

その他、小説の中には春秋や史記で伝えられる晏嬰に関する挿話もちりばめられています。

羊頭狗肉の話や、楚の国に使者として赴き楚王の悪意を鮮やかに切り返すところ、晏嬰の御者が偉そうに馬を操るところを御者の妻が見てたしなめたこと等々です。

それらすべてを晏嬰という人物の業績としてピッタリのものと描き切ったということでしょう。

宮城谷さん初期の著述の中でも力の入った作品だと思います。