爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「地域モビリティの再構築」家田仁、小嶋光信監修、三村聡、岡村敏之、伊藤昌毅編著

「地域モビリティ」とは、いわゆる「地方の公共交通」を指します。

東京一極集中が進み、地方の人口減少が続き、また自動車の普及のためにそういった公共交通は存続の危機を迎えています。

単に、赤字だから廃止するということで良いのか。

何らかの方策で守る必要があるのではないか。

そういった観点から多くの専門家たちが解説したものをまとめています。

 

「公共交通」と呼ばれますが、実際には日本ではその多くが民間企業が担当しており、そこには厳しい経営が付き物となっています。

地方自治体が担う「市営バス」などもそれに合わせて黒字経営を目指さなければならないような条件を付けられます。

しかしヨーロッパの先進諸国は地方の公共交通は国民の「移動権」を保証するためのものであり、国家として保持しなければならないという哲学で維持しており、完全な企業経営基準ではやっていません。

現在でもその国民的合意が得られていない日本では、相変わらず赤字公共交通は廃止するべしといった論議がまかり通っています。

 

ヨーロッパ諸国はモータリゼーションが伸びていく時期にこのようになることを予測しており、その対策もあれこれと立てていきました。

それが無かった日本では自家用車に頼るような社会に徐々に変化していき、今では車なしにはまともな社会生活も送れないようになってしまいました。

こうなってから、公共交通を維持しましょうと言っても難しいのはもちろんです。

 

日本の特殊事情とも言えるこの状況ができたのは、モータリゼーションが広まる少し前の時期まで鉄道路線の伸長が進みその運行も濃密なものを維持できたという条件があります。

これは現在でも大都市圏では維持されており、そこでは自家用車を使うことが渋滞や駐車場の問題でかえって不便なために鉄道での移動がかなりの程度まで便利となっています。

また中山間地が交通不便というのはこれは日本だけではなく世界のどこでも同様であり、人口が少ない地域では避けられない事態です。

日本ではその中間の「地方都市の交通事情が悪すぎる」というのが特色となっています。

地方都市でも自動車化の割合が非常に高くなっているのに、渋滞や駐車場問題は結構大きい。しかし公共交通はほとんど壊滅しかけている。

そこにはかつての公共交通最盛時の成功体験がそのままというところもあり、現実に対応できていません。

それが交通体制の再編を妨げているというところも多くなっています。

 

定期バス路線が維持できなくなったところで、「オンデマンド乗合交通」に転換しようという動きもあります。

しかしその条件が揃っていないところで始めてうまく行かないということも多いようです。

「オンデマンド交通」などと言いますが、これは今までの「タクシー」と同じことです。

ただしタクシー料金はバス料金とは比べ物にならないほど高くなります。

それを緩和するために「オンデマンド乗合交通」という、オンデマンドバスといったものにしようとしているのですが、利用者の希望は多種多様、それらを全部聞いているわけですから、なかなか目的地に到着しないということになりがちです。

しかもこれを始めてしまうと、一般のタクシーは営業できなくなり廃業してしまうという、重ね重ねの不具合になるようです。

 

公共交通にまで規制緩和で新規企業の参入を認めるということが行われました。

しかし、多くの地方の民間交通企業は、乗客の多い黒字路線と赤字路線を抱き合わせで運行することで何とか利益と運行を両立させてきたのに、そこに黒字路線だけを狙ったような新規企業参入が起こり、多くの企業が赤字転落となったようです。

2002年の規制緩和以来、全国で鉄道会社の40路線の廃止、バス会社33社の経営破綻となり、2006年からの10年間で16000㎞の一般路線バスの路線が完全に廃止されたそうです。

本来ならば大きな社会問題となるべきものでしたが、さほど報道もされずに終わってしまいました。

 

自家用車の普及ですっかり社会構造が変わってしまったのですが、それが高齢者の事故続発ということで免許返納などと言う事態になり、それに代わる足がなくなるということになりました。

それを何とかしなければ、さらに社会不安が増大するでしょう。

 

なお、こういった地方の交通問題は東京一極集中と深く関わり、地方再生をどうするかということが大問題のはずですが、さすがにこの本ではそこまでは取り扱っていないようです。