爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「公共交通」とは何なのか、JR西日本の路線区間別収支発表に地元自治体が怒り。

JR西日本はこれまでやっていなかった各路線の区間別収支を発表したそうです。

ところがそれに対し「赤字線は廃止」という意図が認められるとして地元自治体が反発しているというニュースです。

www.kobe-np.co.jp

ここにはそもそも「鉄道は公共交通と言えるのか」という問題が含まれています。

 

JRは元は国有鉄道であったものが株式会社化して民営となりました。

独立採算制であり旧来の路線設置費用は負担してはいないものの、運営費用は自らの収入で賄うこととなっています。

コロナ禍もあり収入が激減している中では経営も厳しいのは当然で、特に旅客数の少ない路線の収支は悪化しているのでしょう。

このまま進めば赤字のひどい路線は廃止しバス運行に転換といった話も出てくるというのも十分に考えられることです。

 

しかしこのような話は今に始まったことではありません。

昭和40年代以降、徐々に地方の過疎化が始まりさらにモータリゼーションが進行し鉄道旅客数が減少していくと、国鉄も赤字がひどくなり国からの負担額も増えたことで批判を浴びました。

その当時「100円稼ぐのに何千円」といった言葉は始終聞かれたものです。

確かに国営企業であるということで経営に対する姿勢も甘く赤字を拡大させてしまう体質であったことは否定できません。

しかし、それだけでしょうか。

民営化すれば問題は解決したのでしょうか。

 

そもそも「公共事業」というものは「儲かる」ことを目的としてやるものではありません。

「儲かる事業」なら放っておいても私企業がいくらでも取り組むはずです。

儲からなくてもやらなければならない事業は政治が税金で運営するということは決して間違ったことではありません。

例えば河川の堤防強化工事は儲かるものでしょうか。

収益は全く無くてもやらなければならないものはやるのが当然でしょう。

これを間違えて「水道事業の民営化」などと言うことをやって、それがあたかも自治体財政のためかのように言いふらす人々がいました。

誰もが使わなければならないものを収支を考えた値段にされたら低所得者層はたまったものじゃありません。

税金で運用するということは、富裕層や企業からの負担を重くできるという社会的な意味があります。

 

しかし、「鉄道は本当に公共事業か」と言うことはそれほど自明のことではありません。

「自分は車ばかり使うから鉄道など要らない」という人々がかなり居るのではないでしょうか。

 

ここにはこれまでの「自動車化政策」の欺瞞が隠されています。

自動車利用者はガソリン税自動車税など多額の負担をしていると言われています。

しかし、実際にはそれだけですべての自動車交通の運営資金が出されているわけではありません。

道路工事費のすべてをそれらの税で賄っているのでしょうか。

そればかりではなく、鉄道であれば鉄道事業者が当然のように負担しているような「信号」「保線」などの経費は自動車交通の場合はほぼ公共予算で賄っているはずです。

さらに「警察の交通対策費」は当然ながら自治体予算から出ているでしょう。

これも鉄道であれば事業者の経費とされているものです。

つまり、「鉄道はすべての経費を事業者負担とされている」のに対し、「自動車はその使用者が負担しているのはごく一部で多額の税金が投入されている」のが実情でしょう。

 

この構造も今に始まったことでは無く、昭和40年代以降の赤字国鉄批判の時代も同様でした。

 

それでは「鉄道にも税金を投入していけば良いのか」

そう簡単な話ではありません。

すでに「第3セクター鉄道」というものが地方には多数出現していますが、どこも多額の税金が投入されているということでお荷物観も出ています。

そういった第3セクター鉄道には県や市町村などから出資されています。

ただでさえ財政状況の悪い地方自治体だけが地元だからということで負担しなければならないものでしょうか。

鉄道網が全国に完備しているというのは、一地方のためだけにするものではありません。

やはり国政規模の考え方が必要なのでしょう。

そうなると国鉄をJR化したこと自体が間違いだったのかもしれませんが。

 

鉄道が赤字になればバス路線化していくのは仕方のないことでしょうか。

バス化してもさらに過疎化が進めばそれも赤字となり、やがて何のニュースにもならないままバス路線廃止ということになる例はあちこちに見られます。

それがバス化の落とし穴なのかもしれません。

鉄道であれば「赤字がひどい」ということもニュースでたまには取り上げられますが、バス路線ではそれすら無いのでしょう。

かくして、何の交通機関も無く自動車で行くしかない地域があちこちにできてしまいました。

 

過疎化していくのは国の方向性として今までの政府が一貫してやってきた政策によるものです。

それが良いのかどうかも怪しいもので、集中しすぎて非常に危険な状況になっているとも言えます。(東京直下地震やミサイル一発で国も終わり?)

地方鉄道の存続だけでそれが止まるわけではありません。

しかし、象徴的な意味はあるのかもしれません。

地方鉄道を守ることが地方社会を守り、それが日本全体の安全にもつながる。

そういった考え方をできる政府を選ばなければならないということです。

(なお、自公政権だけでなく現在の野党もそのビジョンを持たず失格ですが)