西洋絵画を見ている時に、その登場人物が誰かということが分かるものが書き込まれていることがあります。
それを「アトリビュート」と呼び、日本語訳では「持物(じぶつ)」とされています。
これは仏教美術で描かれる仏などに特有の法具や武器、楽器などを「持物(じもつ)」と呼んだことから当てられた訳語で、その性質も同じであり登場人物に特有の物として広く認識されています。
なお、「シンボル」というものが登場することも多く、これを混同してしまう場合もあるようですが、シンボルはその場の全体を喩えるような使い方をされており、登場人物とのつながりは無いというところで区別されています。
この本ではそのようなアトリビュートの例を、花、果物、樹木、動物から、幻想動物や物体まで挙げてその描かれた絵画と共に紹介しています。
アトリビュートとして描かれたものの歴史は古く、古代ギリシャ・ローマの神話に基づくものに始まり、さらにキリスト教の主題によって出来上がってきたものが加わっていきます。
そこには同じものを別の登場人物に当てはめるということも行なわれているため、アトリビュートだけで特定するということはできないようです。
こういった絵画の分析法は、イコノグラフィー(図像学)として西洋美術界では確立されているものであり、さらにイコノロジー(図像解釈学)という分野への入り口にあたるそうです。
まあ、それほど難しいことは考えず絵画の実例を見て感心するだけでも良さそうです。
花の中でも最初に示されているのは百合です。
百合は古代中東の文明でも栽培されている記録があり、最も古い栽培植物とも言われています。
これをアトリビュートとしているのは、聖母マリア、大天使ガブリエル、などですが、シンボルとして純潔や無垢(罪なき者)をも示すために数多く登場してきます。
なお、アイリスは「剣の百合」とも呼ばれており、混同される場合もあるようです。
アイリスをアトリビュートとしているのは、ギリシャ神話の西風の神ゼピュロス、花の女神フローラ、聖母マリアなどです。
また、フランス王家の紋章は百合と言われていますが、この形状は明らかにアイリスであり、百合と混同されてきました。
この発祥は5世紀のメロヴィング家のクロ―ヴィス1世に始まっているようです。
アイリスはフィレンツェの百合としても知られ、メディチ家にも用いられていたそうです。
このようなアトリビュートとシンボルを解析していくとその絵画の成り立ちが知られていない場合でも描かれている対象が分るということになるようです。
17世紀のローラン・ド・ラ・イールという人の絵画を見ていくと、中央の女性が百合の紋章で覆われた球体を持ち、足元に豊穣の角があることから、彼女は「フランスの寓意」と見なされます。
その彼女に月桂冠を載せようとしている人物は「勝利の寓意」を表わし、後ろでラッパを吹いているのが「名声の寓意」、さらに傍らで武器を焼く子供は「平和の寓意」であることから、この絵はルイ13世亡き後幼きルイ14世の摂政として統治したアンヌ・ドートリッシュの治世が平和で幸福だと語っているということが分かるというものです。
西洋絵画の古典というものが難しいものだということだけは伝わってきました。