爽風上々のブログ

熊本の片田舎に住むリタイア読書人がその時々の心に触れたものを書き散らしています。読んだ本の感想がメインですが(読書記録)、エネルギー問題、食品問題など、また政治経済・環境問題など興味のあるものには触れていきます。

「気候変動と『日本人』20万年史」川幡穂高著

かつての歴史学界では気候変動のことを持ち出すと批判されていたということですが、最近の研究では明らかに気候変動により大きな社会変動が同調して起きていたことが分かってきています。

当然の話で、気候変動は食料生産に密接に関係するはずであり影響がないわけがありません。

この本では「日本人」20万年史と名付けられていますが、もちろん「20万年」というのはホモサピエンスがアフリカで出現してからの年数です。

想像するに、今の日本人と言われる人々はすべてが20万年前にアフリカで誕生したホモサピエンスのグループの子孫であり、それが様々な道をたどって日本列島に集まり出来上がったのが今の日本人だということを表わしているのでしょう。

 

なお、著者の川幡さんは地質学者で、海底の堆積物の分析からその場所の水温の経時変化を復元し、各時代の気温の変化を類推するという研究をしているということですが、この本ではその範囲を越えて、DNAの分析や考古学的研究など他の研究者の最新の成果を大きく取り入れて書かれており、現在最新の知見が見えてきます。

川幡さんの経歴も調べてみましたが、1978年に東大理学部卒ということで、これは私と同年の方かもしれません。

 

本書は第1章のアフリカでのホモサピエンス誕生から、第2章はユーラシア大陸横断、次いで縄文社会出現、三内丸山繁栄と縄文社会の衰退、現代日本人遺伝子の故郷である古代中国、水稲栽培と弥生人、中国の勢力拡大と日本社会、温暖湿潤環境が育む倭国、繰り返す温暖化と寒冷化と続き、最終章で「気候が時代を変革する」と結ばれています。

世界全体に広がるホモサピエンスの動きから日本に焦点を当てた歴史に続き、それが気候の影響を大きく受けていることを解析して見せます。

 

それらすべてを書き留めるわけにもいかないので、特に興味深いところ(それでもかなり多いですが)だけを。

 

過去2万年に大規模な寒冷化が何度も起きていますが、それと社会の出来事をまとめると分かりやすいものとなります。

1万6000年前 石鏃と土偶の発明 寒冷化により食物が減りそれに対応

8200年前 (この時期は世界的にも大きな寒冷化が起き「8200年前イベント」と呼ばれる) 北海道で人が南下

6000年前 三内丸山の発展開始

4200年前 (この時期も世界的な寒冷化で「4200年前イベント」と呼ばれる) 三内丸山の崩壊 栗の半栽培が不可能になったため

3000年前 弥生時代の開始 中国が寒冷化により社会が混乱したため流民が発生し玉突き式に日本列島に稲作民が流入した

2600年前 金属器の使用が普及し武器も増えて戦乱となる。

1800年前 弥生から古墳時代への移行 タウボ火山の噴火による世界的な寒冷化により社会が統一に向かう

1400年前 古墳時代から貴族政治への移行 中国・朝鮮でも社会が激動し百済が滅亡して日本に多くの人々が逃れ、彼らが日本の社会の中心となる

1100年前 平安末期の寒冷化で社会不安が増大し平家が繁栄するがすぐに滅亡し武家政治に至る

200年前 江戸時代から近代への移行 平均気温が下がる中、火山噴火が相次ぎさらに寒冷化し、大きな飢饉が頻発、社会変動が激しくなり倒幕、明治維新となる。

 

6万年前にアフリカを出発したホモサピエンスはその後世界中に広がりました。

ただし、この一回だけではなくそれ以前にも出発したのですが彼らはその後生き残りませんでした。

現在の世界中の人々の遺伝子の解析から6万年前にアフリカを離れた1グループにすべて由来することが確かめられています。

その時期は氷期であり海面は今より85m低い位置でした。

その頃のホモサピエンスの肌の色は黒褐色でした。

そこから高緯度の地方に移り住むうちにメラニン色素がそれほど必要なくなり、肌も白くなっていったと考えられます。

 

現代人の遺伝子を詳細に解析することで、昔の人々の人口変化を推定できるという方法が編み出されています。

遺伝子の突然変異というものは一定の時間ごとに起こると考えていくことで特に人口の増減が顕著な時期も推定できるというものです。

例えば飢饉などで急激に人口が減るとその後食料供給が回復して人口も急増してもその人たちの遺伝子の変異は皆同じようなものとなります。

これを使い、三内丸山遺跡の集落が崩壊した4200年前イベントの時期の人口を見るとさほど減少はしていないものと見られるそうです。

つまり、クリなどの半栽培で集中して居住していたもののそれが寒冷化でできなくなったのですが、それで餓死するということはなく、集落を離れてバラバラに住んで採集狩猟生活に戻って生き残ったようです。

 

4200年前イベントでは中国も大きな影響を受けました。

著者たちは長江デルタで水底の堆積物の解析を行い、水温の歴史的な変化を推定してそこから古環境を復元しました。

すると4200年前より急激な大寒冷化が起きていたことが分かりました。

これは気温にすると3ー4度の低下にあたると見られ、当時の水稲栽培には大きな打撃を与えました。

これで先進的であった良渚文明は壊滅しその後もこの地域は復活できませんでした。

日本でも4200年前の寒冷化で三内丸山集落が崩壊していますが、その人々は生き残ったと見られます。

しかし中国長江流域の当時の人々はその周辺では生きることができず周囲に逃れたと見られます。

実はその当時の長江付近に住んでいた人々のDNAと同じものを持つ人々がその後日本にやってきたと見られます。

日本人の祖先の一部はその頃の長江流域にいたということです。

 

これまでは気候変動と言っても寒冷化がほとんどですが、その度ごとに食糧不足が起き、それに対応しなければならなくなって社会も変化しました。

現在は寒冷化ではなく温暖化ですが、そのスピードは極めて速く自然な変化の10倍から100倍もの速度となっています。

これがどのような結果をもたらすのか。

ホモサピエンスは「知恵のある人」という意味ですが、今こそ知恵のあるところを見せて文明を守っていかなければならないと結ばれています。

 

非常に中身の濃い本でした。

そして様々な手法で古環境、古気候というものを非常に高い精度で再現できるようにしてきたという、著者の自信が見えるものです。

これこそが本当の人類の歴史を見ることにつながると感じます。