列車などに乗り遅れる夢というのは何度も見ていますが、飛行機に乗り遅れる夢というのは珍しいようです。
夢の中では妻と子供一人を連れて飛行機に乗るために羽田に向かいます。
子供はまだ小さいようですから、自分もせいぜい40代といった年でしょうか。
飛行機の出発時間は14時30分、空港に着いたのは14時ちょうど頃ですから、それほど余裕はありません。
チケットを機械で出して、搭乗口を探すのですが、全くどこにあるのか分かりません。
普通ならあちこちにある表示も何も見えません。
それどころか係員もまったく姿が見えません。
乗客は相当な混雑ぶりで溢れています。
そんな中妻子を連れて走り回ります。
現実の羽田ターミナルビルは1,2それぞれ一つの建物ですが、なぜか夢の中では外に出て別の建物もありそちらに走って向かいます。
そこにも搭乗口は無いまま、時間ばかりが経過し14時30分を越えてしまいます。
いやはや、乗り遅れの悪夢というのは何度も見ていますが、場所が分からないというのは初めてでしょうか。
飛行機に乗り始めたのは大学を出て九州に赴任してからのことで、帰省や仕事の出張などかつては頻繁に乗っていました。
そのほとんどが羽田便であり羽田空港はよく知っているところです。
乗り始めた最初の頃はまだ古いターミナルビルの頃で、現在のモノレール・京急線の天空橋の駅がモノレールの羽田空港駅でそこを出るとターミナルでした。
京急はたしかまだそこまで乗り入れておらず、湘南地方の実家に行くにもモノレールで出た覚えがあります。
その後、横浜駅行きのバスを利用することを覚え、さらに京急が乗り入れてからはそちらが普通になりました。
その後現在のターミナルビルが建設され1と2、さらに国際線も別れるということになりました。
九州側の空港も最初の頃のビルとは建て替わり、福岡空港も大きくなりましたし、熊本空港は現在建て替えの建設工事中です。
とはいえ、このコロナ禍で東京方面に向かうこともなくなり、最後に行ってからは3年近く経ってしまいました。
空港の様子も変わっているでしょうから、今度行く時にはかなり迷うかもしれません。
「妻子を連れて」のところで不思議なのは、子供は二人いるのですが夢の中では息子しか出てこなかったことです。
下の子が生まれれるまでは確かに子供一人だけを連れて飛行機に乗るということもありましたので、夢の中ではその頃まで戻ってしまったのでしょうか。
それにしても、旅行の夢というものを頻繁に見ます。
ほとんど外に出かけることがなくなってからもう2年半、いくら出不精とはいえ、相当なストレスが溜まっているのでしょう。