今年になって勃発したロシアのウクライナ侵攻は世界中の耳目を集め、また各国からのウクライナ支援、ロシア制裁といった大きな問題となっています。
その報道は欧米側からのものが多く、実際は違う点も多いという話もあり、それに沿った主張をしている人も目立ちます。
曰く、「ウクライナ民族主義者(ネオナチ)がロシア系住民を虐殺してきた」「ウクライナの正当な大統領はアメリカの陰謀でクーデターで追放された」等々です。
しかし、ロシアのプーチンの野望は実はかなり以前から始まっており、ウクライナ東部では内戦状態が続いていたということのようです。
この本は毎日新聞のロシア特派員であった真野さんが、ロシアによるクリミア併合、マレーシア航空機撃墜事件、ウクライナ東部の内戦などの当時に直接現地に入り、双方の関係者に取材を繰り返してきた記録です。
扱われている時期は2014年から2016年あたり、そして出版は2018年ですので、当然ながら現在のロシアのウクライナ侵攻よりはかなり前の状況となります。
現在のウクライナ侵攻では主戦場がウクライナ東部の州となっていますが、それ以前にかつてはウクライナの領土であったクリミアで住民投票が行われ独立からロシア併合へと進んだ事件がありました。
その当時のクリミアではロシア系住民が6割、ウクライナ系が3割、そしてクリミア・タタールという先住民も存在していました。
そのロシア系住民が主導し、親ロシア派組織を作り武力も使いながら住民投票を強行したのですが、そこには義勇兵を偽装したもののロシア軍も参加していたようです。
クリミアを手に入れたプーチンはさらに東部諸州に手を伸ばします。
クリミアと違っていたのはロシア系住民の割合が多数ではなくウクライナ系と同程度であったことでした。
最近もよく聞くドネツクやマリウポリといった地名も頻繁に出てきます。
その頃から親ロシア派とウクライナ政府軍、そしてウクライナの右派組織も加わっての戦いが繰り広げられました。
そこでは多数の死者も出ており、確かに「ロシア系住民の虐殺」とも言えないことはないようですが、すでに完全に内戦と化した状況でした。
逆にウクライナ系住民の殺害もあり、どっちもどっちでしょうか。
2014年に当時のウクライナ大統領ヤヌコヴィッチを追放したクーデターの実情はどうだたのかは分かりませんが、それを口実にその後のウクライナ政府は交渉相手ではないとしたのがプーチンの戦略でした。
クリミア併合もその手段で実施されたようです。
なおそれ以前も以降もウクライナ政府の汚職などの腐敗状況はかなりひどかったようで、それが各地のロシア系住民の反感の増殖にもつながったのでしょう。
クリミアの先住民、クリミア・タタールの人々の受難についても知らないことばかりでした。
第二次大戦期に侵攻してきたナチスドイツへの協力を疑われたクリミア・タタールの人達は全員がウズベク共和国に強制移住させられます。
クリミアに帰還できたのはようやくソ連解体の時期になってからでした。
帰ってきても昔の住まいや土地は後から来たロシア系住民のものとなっていました。
それでも故郷での暮らしを始めたと思ったらウクライナから切り離されまたロシア領とされたのでした。
現在でも彼らへの圧政は続いているようです。
マレーシア航空機の撃墜事件もこの内戦との関わりが強いものでした。
2014年7月、アムステルダム発クアラルンプール行きのマレーシア航空機はウクライナ上空で撃墜されました。
これは実はウクライナ政府軍と親ロシア派勢力とが戦っている上空でした。
どちらも相手方が撃ち落としたと言い張ったのですが、各種の証拠からロシア側のミサイルのようです。
なかなか分かりにくかったウクライナ情勢ですが、少しは理解の足しにできるようです。